阪大工学部の散歩道へようこそ!

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[教職]総合演習(2):「ずいぶんわかった」「有用極まりない」科目

author : A.Mizunoawa   [ 一般 ]
2019.11.29 Friday 14:30 | - | trackbacks(0) | 

みなさん、ご機嫌いかがお過ごしですか。工学研究科生命先端工学専攻M1のA.Mizunoawaです。

ちょうどひと月前に、こちらの記事で教職の特別課題演習という科目について概要を説明させてもらいました。今回はその続きとして実際に特別課題演習に行って僕が思ったことを述べたいと思います。

僕はとある高校にお邪魔して、体育祭・文化祭・授業・テスト期間直前期と、学校生活において非常に重要なシーンでのお手伝いをさせてもらいました。この4点に絞って少し書き連ねてみることにします。

 体育祭の設営の手伝いや写真撮影では、生徒たちを主役として輝かせるために裏であくせくと働いていらっしゃる先生方の偉大さを知った。自分が高校生の頃には目の前の競技に夢中になっていて周りのことなどほとんど見えていなかったが、いざ働く側になってみると、円滑な運動会の運営のためには誰かしらが常に汗水垂らしているのだということがよく実感できた。

 体育祭ではもう一点、子供たちのありあまる体力についてひどく驚かされた。保護者席や関係者席とは異なり、子供たちがいるテントには座席が無くみんなで立ち見をしているという場合がほとんどだったが、彼らは自分たちで競技に参加しながらも、参加していないときには休むのではなく他の子の競技を全力で応援していて、そのあまりの元気さにとても感服した。炎天下の中、重い旗を振ったり大声を出したりする行為は自分の体力と引き換えにしか成し得ないものであり、運動会にかける熱い思いが無ければそう容易くできるものでもないと思う。

 文化祭の巡回と写真撮影では、子供たちのいつになく楽しそうな様子を間近でたっぷりと見ることができた。普段とは違い煌びやかな衣装を身に纏ったり食べ物を作って販売してみたりという体験ができる文化祭では、生徒らが羽を伸ばして自由を謳歌できる時間であると共に、普段とは異なる学びができる大事な瞬間でもあるのだと思う。仲間と協力することの重要性はもとより、実際に手を動かして労働することの大変さ、頭を動かして創意工夫することの難しさも文化祭の準備と運営を通して学ぶことができるはずだ。確かに学校の中では座学がいかに良くできるかが大切なことの一つではあるのだが、それ一辺倒になってしまわないように、社交性・人間性を磨く練習として文化祭は非常によくできたイベントだと改めて思う。生徒らが嫌々やっているわけではないという点も特筆すべき要素だろう。彼らが主体的に文化祭へのめり込んでいけばいくほど、彼ら自身の学びの質は上がっていくに違いない。

 インターン中、補佐という形で実際の授業にお邪魔させてもらう機会もあった。それは少人数制の授業で、プリント教材に描かれた漫画を読んでその内容の倫理的な是非についてみんなで考えるというものだった。僕が担当した子供たちは、正直言うとあまり授業に対してやる気が見られない生徒たちだったのだが、それでも個人的には学びうることが多かったと思っている。どうして彼らは授業に興味が無いのだろうということを、補佐をしながら真剣に考えていた。彼ら自身に勉強に対するモチベーションが足りていないといってしまえばそれまでなのだが、勉強をしてやろうという動機を与えるのは教員側の役割ではないのかと私は感じている。集団塾ならともかく、学校という機関においては生徒全員に学習の機会を与えてあげるべきだし、学習することの重要性を理解させてあげるべきでもあるだろう。そのためには、授業の資料ひとつを取ってみても提示の仕方というものを考えなければならないのかもしれないと思った。ただ脈絡も無く「今日はこれをやります」と教員が指定した教材を与えるばかりでは、持てるはずの興味も持てなくなってしまうに違いない。だからまず、教材を渡す前には生徒の心を掴む導入が必要なのではないだろうか。子供たちにとって身近な話題から始まり、最終的には教材に帰着できるような話の流れを作る必要がある。授業の冒頭で「これは私にも関係があることだな」と思わせることができれば、彼らの授業に対する身の入れ方も変わってくるだろう。もちろん、人それぞれ学問に対する趣味があるので全員に「この授業は面白いな」と思わせることは難しいだろうが、当事者意識を持たせることならば、少なくとも倫理や道徳的な話をする際にはできるはずだ。というより、英語や社会、数学といった科目であってもその知識の有用性を説明してやることは可能なのだ。本編前の「下ごしらえ」の一言が、授業という完結した一つの訓導行為では意外と重要なファクターになっていることを、肝に銘じておきたいと私は思った。

 テスト期間前には、生徒たちがわからない問題の質問対応をするというお仕事もさせてもらった。これについては普段から塾でアルバイトをしていることもあって、手前味噌ながらも非常に上手く対応できたと思っている。わかろうとしているがどうしてもわからない生徒が、自分の説明を足がかりにしてわかった状態になる瞬間を見るのはやはり嬉しいものだと改めて感じた。自分の中では、マンツーマンで教科を教えるということは手を差し伸べて直接的に人助けをしている感覚に非常に近い。相手の様子を伺いながら、何を欲しているかをよく見極めて相手に助力を差し伸べる。これは案外、難しいことだったりする。「わかっている」ことと「教えられる」ことの差異はそこにあって、知識を一人でべらべらと撒き散らかすのではなく、相手がもっとも飲み込みやすい形にその都度調理して提示してやることこそが真の指導なのだと強く思う。そういう意味では、料理人と同じように教鞭を執ることだって、その仕事に「完成」は無いのだろう。場数を踏んでどんなに上手く説明できるようになったとしても、さらに上手く説明できるようになる余地を我々は常に残している。だからこそ教員は、教材研究という形で日頃から飽くなき探求を続けなければならないのだ。有り体に言って、日本の教育現場では教材研究の時間がないがしろにされてしまうことが多いのだが、自分が教員になった暁にはその風潮に甘んじることなくしっかりと自己鍛錬を行っていきたいと心に誓った。

実際に現場に赴いてみて、想像していただけではわからない色々なことがずいぶんわかった気がします。有用極まりない非常に良い授業でした。これを1万円払って回避するのはもったいない!

それでは、今回はこの辺で。See you again!

学生主体の古本屋「たのうえ書房」が遂にオープン!

author : A.Mizunoawa   [ 一般 ]
2019.11.13 Wednesday 23:30 | - | trackbacks(0) | 

みなさん、ご機嫌いかがお過ごしですか。工学研究科生命先端工学専攻M1のA.Mizunoawaです。

前回記事の続報です。いよいよ明日11/14(木)から、阪大吹田キャンパス内に阪大本屋サークルによる古本屋「たのうえ書房」がオープンすることになりました。

場所は人科棟の東館1Fの未来共創センターという場所です。人科棟は「くじらや」の近くにあり、東館は正門や万博外周道路に近い方の建物です(※ 現在は外周工事で建物に灰色のカバーがかかっているのでわかりやすいかと思います)。

「くじらや」から向かう場合は、上図にありますように再履バス人間科学部前バス停を通過して環状交差点の方へ向かってください。左手にある建物が東館になります。

時間帯は平日の12時から15時になります。冬期休業等を除き、今年度中は基本的に毎日運営しています。

プレオープンということで本やコメントがまだ充分に揃っているわけではないのですが、写真にある古本に関しては全て購入することが可能です。これから順を追って部誌コーナーとくじコーナーを増設したり、推薦ブースを使って毎月新しい本を紹介していく予定となっていますので、繰り返し足を運んでいただければ幸いです。

ちなみに僕は今回、棚の左上にある「ブース1」にて筒井康隆さんの『残像に口紅を』という本を推薦させてもらっています。紹介文については実際に書店に置いてあるPOPをご覧ください。

それでは、今回はこの辺で。See you again!

阪大本屋サークルの"参加する本屋さん"

author : A.Mizunoawa   [ 一般 ]
2019.11.06 Wednesday 00:00 | - | trackbacks(0) | 

みなさん、ご機嫌いかがお過ごしですか。工学研究科生命先端工学専攻M1のA.Mizunoawaです。

いつも眠くなるような勉強の話ばかり書いていて誰もあまり読んでいない(と、書いている本人は勝手に思っている)僕の記事ですが、ときどきは他のライターと同じように普通に大学内の紹介もしていたりします。その中でも、今年の夏のとある記事で「生徒による自作の図書館がある!」という話題があったのを、読まれた方は記憶しておいででしょうか?

そのことを記事にする際、僕は『俺の図書館』を作成した方に記事にさせていただく許可を取り付けたのですが、その際にできた縁が思わぬ方向に進展しまして、僕は「阪大本屋サークル」に入部させてもらうことになりました。部長さんの目標は「阪大内に本屋を作る」ことだそうで、現在は実現の目途が立ち、本屋開店の計画が絶賛進行中だったりします。

これはつい数時間前に、部長さんと僕で会議をした際の様子です。本棚のレイアウトについて内容を固めてきました。本屋のオープン日は今月の14日(木)を予定しています。場所は吹田キャンパス人間科学棟の近くになります。詳細情報はオープン日が正式に確定し次第、改めて記事にしようと思っていますので、続報を今しばらくお待ちいただければ幸いです。

本屋のコンセプトは「本を通じた人と人との繋がり」です。そのためのギミックとして、たとえば「本に対して感想を自由にコメントでき、そのコメントに対して誰でも『いいね!』が付けられる」といったSNS型のブースを設けたりする予定です。その他にも、ただ本を選ぶだけの通常の本屋とは異なる「参加型」の企画をたくさん考えています。手前味噌ではありますが、全部、めちゃくちゃ面白いです。本が好きな人もそうでない人も、吹田キャンパスの阪大生も豊中・箕面キャンパスの阪大生も、教授も阪大志望の高校生も、構内をぶらついている園児も猫ちゃんも、とにかく是非みなさんに来ていただければと思っています。楽しみにしていてくださいね!

それでは、今回はこの辺で。See you again!

[教職]総合演習(1):「ずいぶん変わった」「迷惑極まりない」科目

author : A.Mizunoawa   [ 一般 ]
2019.10.28 Monday 16:30 | - | trackbacks(0) | 

みなさん、ご機嫌いかがお過ごしですか。工学研究科生命先端工学専攻M1のA.Mizunoawaです。

最近、当ブログの更新が盛んになっていることに気付いた人はいらっしゃるでしょうか。我々ライターの投稿頻度は決まっているのですが、みなさんがたくさん目を通しているということもあり、実は今、試験的に投稿頻度を上げる取り組みを行っています。できるだけみなさんにとって有用な情報や興味があるお話を書ければ良いなと思いながら記事を綴っておりますので、是非これからもよろしくお願い致します。

さて、今回は教職科目の中で教育実習を除けば一番大変だと言われている「総合演習」という科目について紹介したいと思います。まずは以下の太字の文章からご覧ください。この授業のガイドにある文章を抜粋しています。

『1万円払ってでも……?』

──「教育現場で30時間の”下働き”をしてこい」。ずいぶん変わった科目だと思うけど、ホントのところ、Yさんにとって「総合演習」ってどんな科目だったの?

Yさん:ひと言で言っていいですか? 「迷惑きわまりない科目」です!(笑) 最初「こんな科目なかったらいいのに」と本気で思っていました。

──「5千円払ったら総合演習の履修を免除する」と言われたら?

Yさん:もちろん、そちらを選んでましたね。1万円払ってもいい(笑)。ボクの場合、受講を決めたときは、まったくの「義務感」でしかなかったです。

──Sさんは?

Sさん:私も同じでしたね。だいたい、阪大では1年次に教職免許志望者が600人ほどいるんですよ。それが4年次には200人ほどに減ってしまう。この「総合演習」って科目、教職希望者現象に、ぜったい大きな役割を果たしてますよね。

I先生:なるほど。「イイカゲンな気持ちで教師になってもらったら困る」という、ある種のハードルってわけだね。

この授業では、実際に近隣の学校にお邪魔して30時間以上のボランティア活動を行います。実際に教壇に立つ仕事以外なら学校側は何を指定しても良く、生徒の質問対応や試験監督のみならず、文化祭の誘導係、部活の監督、あるいはトイレ掃除の指示が来ることもありえます。希望すれば宿泊ありの修学旅行に同行する仕事もあるようです。本当に無償で働く何でも屋さんといった感じです。教師としての仕事は教育実習で掴むことになりますが、そこでは見えない泥臭い部分をこの授業で知るというコンセプトになっているのだと思われます。

ボランティア活動が終われば、2000文字程度のレポートを書いてお世話になった学校と大阪大学に提出します。レポートでは実際に学校の中に入って気付いたことや生徒と接することで感じたことを綴ることになります。

こういった座学ではない社会勉強的な科目も教職の必要条件に盛り込まれているというのは、けっこう意外なことだと思います。しかし、地道で大変な作業だとはいえ学ぶものは多い単位の一つです。将来、教職を取るとなった場合は是非、目的意識をもってこの科目に取り組んでいただければと思います。

それでは、今回はこの辺で。See you again!

[教職]特別支援教育論(2):階段のぼりの話を踏まえて

author : A.Mizunoawa   [ 一般 ]
2019.10.15 Tuesday 00:00 | - | trackbacks(0) | 

みなさん、ご機嫌いかがお過ごしですか。工学研究科生命先端工学専攻M1のA.Mizunoawaです。

今回はこちらにあります「階段のぼりの話」を踏まえて僕が思ったことを書き綴っていきたいと思います。前回記事を未読の場合はそちらを先にご覧ください。

後天的に鍛えられるであろう運動神経はともかく、足の長短は生まれつきのものであって変えられるものではないから階段のぼりは公平な選抜とは言い難い。しかし、何を基準とするのかを選ぶこと自体が恣意的なものであるから、そもそも公平な選抜などというものは存在しないのではないかと思う。ならいっそ全ての選択を個人の能力とは完全に無関係な運に任せるのはどうかとも一瞬思ったが、タイの抽選制兵役の例を見れば明らかなように、運による区別では(ある意味で公平ではあるけれども)やはり不満が生まれてしまう。公平性を突き詰めていくのが理想ではあるが、現実的に言えばどこかで落としどころを見つけなければいけないわけで、そういう意味では「学歴社会」は比較的ましな選抜方法なのではないかと思う。少なくとも、階段を登るのが上手いだとか首が長いだとか言った理由よりは「賢い人が社会を担う方が上手くいく」という点で意義がある理由だと個人的には思う。

「社会的に要請される能力をたまたま持っているか否かで序列化を行う社会は不平等だ」という意見はその通りだと思うのだが、仕方ない側面もあるのではないかという気がする。「全員の平等性」を追求すると様々な問題が生じてくるのではないだろうか。

まず初めに、どこまで厳密な平等性を求めるかという問題がある。「働いたらお金をあげます」「お金が無いと生活できません」では生まれつき働くことができない人が不平等なので障害者年金や生活保護というシステムがあります、と言われても、今度はそのシステムが「働かなくていい人」と「働かなければならない人」という新しい不平等を生んでしまっているのだ(あまつさえ、低賃金者層よりも生活保護受給者の方がお金を持っているケースさえあるという……)。それに対してさらなる平等性を求めると、ベーシックインカム制や共産主義的価値観にシフトしていくことになるだろう。

次に、その平等性を保持するために奔走するのは誰なのかという問題がある。ベーシックインカム制を導入して「誰しもが働かなくても良い世界」を実現することで平等性を築こうとするとして、果たしてその制度を導入するのに汗水垂らして「働く」のは一体誰なのか? 全国民のベーシックインカムを用意するのも制度が破綻しないように維持するのも多大なる労力を要するのは間違いない。それを背負う人と享受する人の差が既に不平等以外の何物でもないのではないだろうか。

最後に、平等性が保証される範囲の対象はどこまでなのかというのも気になる点である。「人間」という尺度で見ると「健常者と障害者を区別すること」は差別に当たるが、たとえば「生物」という尺度で見ると「人間と人間以外の動物を区別すること」もまた差別であるということにはならないだろうか。その線引きを行うのが他ならぬ人間であるという時点で既に人間優位であるし、人間が当たり前のように「我々には人権が保障されるべきであるが、猿やイルカに人権は適用されなくて良い」という結論を何の疑いも無く抱いているのに「皆が平等であれ」と口にするのは自家撞着であるような気がする。それならばまだ「動物を殺して食べて良いなら、カニバリズムも同様に許される」という思想の方がまだ筋は通っている(注釈:僕自身がこの意見に賛同しているという意味ではない)。

差別を巡る問題というのは本当に複雑だと改めて思います。しかし、単純化して考えている間は決して理想の状態というものは見えてきません。たとえどんなに難しくてもありのままの問題に向き合うという姿勢が、学歴社会という選抜方法によって社会に必要な人材だと認められた者たちにとって求められている姿勢なのではないでしょうか。差別されている側がどんなに深く思い悩んだところで、無意識的に差別をしてしまっている側の考え方が改まらない限りは絶対に差別は無くならないのですから……。

それでは、今回はこの辺で。See you again!

[教職]特別支援教育論(1):階段のぼりの話

author : A.Mizunoawa   [ 一般 ]
2019.10.03 Thursday 20:00 | - | trackbacks(0) | 

みなさん、ご機嫌いかがお過ごしですか。工学研究科生命先端工学専攻M1のA.Mizunoawaです。

今回は特別支援教育に関する教職の授業を紹介します特別支援教育とは障害を持つ児童・生徒のための教育を指します。以前、こちらの記事で《能力に基づく公正な選抜》に関して言及したことがあるかと思いますが、それにも深く関わってくる話を今回はしようと思います。

まず、以下に示す『階段のぼりの話』という物語の要約をご一読ください。

『あるところに小さな島がありました。そこでは夕暮れになると島の真ん中にある山の階段に子供たちが集まってきて、一生懸命に階段のぼりの練習を始めます。子供たち必ず一段ずつしか階段を登りません。大股で駆け上がることなく、一段ずつ踏み外さぬように下を見ながら忙しなく駆け上がといった練習をひたすら続けています。何故なら、この島では十七歳になると階段のぼりの測定検査が実施されるためです。一段ずつ踏み外さずに速く正しく山の上まで駆け上がる競争を行い、階段のぼりが優秀な者がこの島では出世していきます。どうしてそうなったかというと、昔この島では王様が山の頂上に住んでおり、海岸から早く、しかも姿勢正しく伝令を伝える必要があったためです。その名残りは今では何の意味も無く、誰もがそのことを変だと思ってはいますが、有能な子供を見つけ出し努力する子としない子を選別する方法を誰も他に知らないため、この慣習はいつまでも残り続けてきました。階段のぼりが得意な子供は褒められ、自信や誇りを持つようになります。一方、苦手な子供は褒めてもらえず、自分は駄目な人間なんだと思い込み、何もかも嫌になってしまうケースが多いです。この現状に対して長老はこう言います。「若い頃の苦労は良いことだ。しかも、努力した分だけ報われる。なんとも公平なことではないか」と』

この物語は「優秀とは何か」を読む者に問いかけます。そうして我々は、能力に対する評価基準は社会的なものであり相対的なものであると気付かされます。この物語では、階段のぼりがたまたま得意だったから人生で大きく得をする子供がいる一方で、たまたま苦手だったから他の素晴らしい才能に気付くこと無く落ちこぼれていく子供もいるわけです。それでは、選別基準が階段のぼりであることに問題があるのでしょうか? 我々は学校で「学力」という指標によって優劣を付けられますが、この選別基準は絶対的に正しいものなのでしょうか?

「社会にとって有用な人材を選出する方法として適当かどうか」という視点でこの質問に対して答えようとした場合、それは優生学に根付いた解答をしていることになります。優生学とは「優れた人間を増やし(積極的優生学)、劣った人間を減らす(消極的優生学)」ことを掲げた思想のことです。これを突き詰めた例はナチスドイツのユダヤ人迫害です。この例は国家による強制があった点とそもそもの前提が科学的に誤りであった点で問題があるのですが、それらを克服した考え方としては新優生学というものがあります。これは例えば「出生前診断により産まれてくる前の子供が障害を抱えてくるとわかった場合に中絶するかどうかを両親が決められる」といった考え方などを指します。この場合、診断は科学的で、選択権は当事者にあります。新優生学の是非は人により分かれますが、ばっさりと「健常者でないのなら産む価値は無い」としてしまうこのものの見方には少なからず抵抗を覚える人も多いのではないでしょうか。

ここまで考えて、そもそも階段のぼりでも勉強でも何でも、できないよりも「できること」の方が「優れている」と見なす風潮自体が正しくないのではないかといった疑問が浮かび上がってきます。

そもそも、健常と障害は二項対立ではありません。自閉症スペクトラムという言葉に代表されるように、実際にはできるとできないの程度はグラデーションであって、実体として健常者や障害者が存在しているわけではありません。現実における区別や差別を巡る問題というのは非常に複雑であり、単純な答えに辿り着くことはできません。善と悪・自己と他者・健常と障害といった風に、私たちは複雑な問題を二項対立に置き換え単純化することをしてしまいがちです。しかし、どちらかの立場から正義を語ることで問題が解決するわけではありません。だからこそ、まずは複雑な問題を複雑なままに受け止め、現状よりも少しでもましな選択肢を考えていくことが大事なのです。

ちなみに授業では「階段のぼりの話」の続きを考えようというテーマでグループワークを行ったりもしました。旅人がやって来てパラダイムシフトを起こす話、天災が来て有能だと思われた人々が有能でないことが判明する話、制度に疑念を抱いている住民たちの不満が爆発して内乱が起きる話、人間では無いが人間よりも階段を登るのが上手いロボットが島に持ち込まれ島民の価値観が揺らぐ話、などが出てきました。どれも寓話的で色々と考えさせられる面白い話だなと思います。

それでは、今回はこの辺で。See you again!

講演会『AIと人が作る未来社会』(後編)

author : A.Mizunoawa   [ 一般 ]
2019.09.16 Monday 00:00 | - | trackbacks(0) | 

みなさん、ご機嫌いかがお過ごしですか。工学研究科生命先端工学専攻M1のA.Mizunoawaです。

この記事は前編中編の続きになりますのでご注意ください。

[6] 総合討論 (パネリスト:石黒浩, 柳田敏雄, 江間有沙, 荒瀬由紀, 徳田英幸, 八木康史)

〇 『Society 5.0』1.0は狩猟、2.0は農耕、3.0は産業革命、4.0は情報化社会(現在)、5.0はこれからのAI社会を指す。

〇 討論テーマは「AIの光と影」Black Box AI vs. Explainable AI.

〇 Q. もっともAIに期待している光の部分、もっとも危惧している闇の部分は?

石黒「光は人間の進化。影はそもそも騒ぎすぎであること。敢えて言えばアメリカや中国に勝ち目なんて無いのに同じように頑張ろうとしているところか。日本は独自の道を見つけていくべき」

柳田「光は便利になること。問題は『意外に人間は遊び方を知らない』こと。あほになってしまう」

江間「AIは最適化と効率化しかしないので、AIが出してくれるものを疑ったり他の道を考えたりも一緒にしないといけないのではないか。『新しい発見』は人間がするもの」荒瀬「光は言葉の壁が無くなること。影はディープラーニングが流暢過ぎること。人間では真偽が区別できない、フェイクニュースなどの問題」

八木「光は生活が豊かになること。影はプライバシーの問題やgoogle, Apple, Amazon, Face bookが世界を牛耳ることになってしまう点など」

〇 Q. 影をどのように解決すべきか。人とAIが共生する未来社会とは?

八木「企業が勝手にデータを使えなくするようにEUなどが法を整備している(GDPR)」

荒瀬「説明可能性やモデルの透明性。利用者は『疑ってみる』こと。見たいものだけじゃなく、反対意見にも目を通す」

江間「技術で解決できないことは社会の問題が顕在化しているだけ。しかしこの問題は無意識下で行われている差別が多く、そもそも気付いていないことが多い。まずは気付くことが重要」

柳田「データにラベリングをしている時点でそのデータは画一的になってしまっている。それが世界に広がると全世界どこでも同じ場所になってしまう」

石黒「影は特に無いと思っている。技術によって画一化はされるが時間もできるわけで、より人間的な活動を人間は探していくだろう。これまでもそうであったように。AIという技術はもこれまでの技術と同じものだ」

〇 会場からのQestion1. 相手が極度に怖がりAIの議論ができない時、我々はどういう土俵を作るべきか?

江間「何を恐れているのかをまずは聞く。技術者が説明しきれていないことがないだろうかと考える」

徳田「『よくわからないので怖い』は伝えきれていない。Industry 3.0での機械壊し運土などが良い例」

石黒「仕事しないと人間では無いのだろうか? 空いた時間でどう動くか考えるのが大事だと私は思うが……」

〇 会場からのQestion2. 第三次AIブームは続くのか、終わるのか?

石黒「ニューラルネットワークで成長した会社の人の話を聴いているとだいぶ落ち着いてきたと思う。第三次は終わり、そのうち第四次が来るだろう。第四次は私が創りたいですね」

〇 クロージングステートメント

江間「パネリストもお客さんも日本人だから共通認識が多く話しやすかったが、外国では人種問題やジェンダー問題になったりもする。違う人と話すと違う答えが返ってくることを知っておいてください。違う人と会話をしましょう」

[7] 閉会の挨拶:京大総長 山極寿一

〇 映画『アバター』が実現しつつあることを実感する。石黒さんがやるとしているのは身体をロボットにすることだが、これはアバターの発想に通ずる。

〇 ゴリラの一日は「いつ、どこで、何を、誰と、どうやって」食べるかに尽きる。動物園のゴリラは引きこもりにも歯周病にもなる。野生のゴリラの方が幸せであろう。(※山極寿一氏はゴリラ研究者)

〇 人間・自然・地球と視野を広げながらこれからも討論を続けていってほしい。

総合討論におけるパネリストの発言については一言一句メモを取ることが難しかったので大意のみを簡単に記載しています。実際の発言に対するニュアンスの違いなどが無いとは言い切れませんことをどうかご了承ください。

それでは、今回はこの辺で。See you again!

講演会『AIと人が作る未来社会』(中編)

author : A.Mizunoawa   [ 一般 ]
2019.09.02 Monday 00:00 | - | trackbacks(0) | 

みなさん、ご機嫌いかがお過ごしですか。工学研究科生命先端工学専攻M1のA.Mizunoawaです。

前回の記事の続きになりますので、未読の場合は前編から読んでください。

[4] 江間有沙『AI社会の歩き方』

〇 科学技術社会論(STS, Science and Technology Studies またはScience, Technology and Society)をしている。FAT研究(Fairness  = 公平性, Accountability = 説明責任, Transparency = 透明性)など。

〇 Google Photo がアフリカ系人種をゴリラとタグ付けしてしまった問題は記憶に新しい。AmazonはAIを就活採用に利用しようとしたが、女性を採用しなくなってしまったためAIを使うことを断念した(理工系はほぼ男性である、などの事実から。色々な要因が絡まって判断しているので単純に「女性も採用するようにしよう」とAIに指定するのは難しい)。

〇 説明可能AIと信頼性について。写真判別AIがシベリアンハスキーを狼と判断する例があった。その理由は「背景が白(雪)だから」であった。つまり、シベリアンハスキーは家の中、狼は外にいるというパターンを学習していた。

〇 AntiではなくAlternativeな視点が必要。盲点、前提、当たり前に気付くこと。Amazonの例からわかるように、AIは人間社会の鑑である。AIは人間社会の不平等性を素直に学習してしまっただけで、問題は社会の側にある。

〇 Q. 技術のスピードに倫理観は付いていけるか。 A. 付いていきたいし、いかねばならない。人工知能学会の倫理指針には「人工知能もこれを守らねばならない」とある。「先に先に」の精神で、技術より早く倫理を考えていかねばならない。

[5] 荒瀬由紀『人とAIを言葉でつなぐ〜自然言語処理による言語理解〜』

〇 AIとの高度な対話へのニーズの高まり。「選択肢を選ばせる」簡単なものから「旅行の予約」など複雑なものへ。「雑談」さえも需要がある(「りんな」など)。

〇 「刺さる」応答の生成が難しい。ありがちな言葉(「こんにちは」など)の繰り返しを回避しなければならない。

〇 言語理解のサブ問題は 意味関係の特定。同じニュアンスの二文を同じと見なせるか。 ポジ・ネガ文の判定。「犬はこのドッグフードを食べない」という文をネガと判断できるか。 質問応答。Qに対して正しいAが与えられるか。

〇 言語理解の肝は文のスペクトル化。入力x(ジョージは犬が嫌い) → ニューラルネットワーク → 高次元ベクトル → 言語理解 の構図。ニューラルネットワークの実態は巨大な数式。F(x) = W1X1 + W2X2 + …… + WnXn であり、Wはパラメータ。パラメータを入力Xを元に推定することが「モデルの学習」。

〇 BERTモデルの学習が有効。ニューラルネットワークに「ジョン」「は」「?」「犬」「に」「噛まれた」を入力し、「?」を順に学習させていく。他のベクトルに対しても同様にする。BERTの性能により既存研究を大幅に上回る結果を得ることができた。「穴埋め問題の学習」により文法も理解していると言われている。

〇 モデルの巨大化について。Baseモデルのパラメータ数は約1億14万でLargeモデルは約3億44万。学習にはWikipediaの600万の記事と1万冊の本を用いる。

〇 BERTの結果を調査すると特定のテスト問題に特化(= 過学習)していることが判明した。たとえば問題文を8割隠しても解けてしまったため、意味を理解していないと言える。そこで意味の違いも学習させることにした。

〇 今は頑健性の向上が求められている段階。入力が少し変わるだけで変な出力をしてしまうことがある。

〇 Q. 苦手と嫌いを同じにしたら文脈によっては問題があると思います。対象物がピーマンなら同じだが、女性となると意味は変わってきます。 A. ドメインの違いにより「同じ意味になる時」「ならない時」で区別をしています。

次回はいよいよ完結編になります。お楽しみに。

それでは、今回はこの辺で。See you again!

講演会『AIと人が作る未来社会』(前編)

author : A.Mizunoawa   [ 一般 ]
2019.08.29 Thursday 18:00 | - | trackbacks(0) | 

みなさん、ご機嫌いかがお過ごしですか。工学研究科生命先端工学専攻M1のA.Mizunoawaです。

8/1に豊中キャンパスでAIの講演会が開かれました。僕は個人的にAIにとても興味があるので迷わず参加してノート10ページ分のメモを取ってきました。中身全部を記事にするのはきりがないので、数回にわけて少しずつ、内容のエッセンスのみを箇条書きで紹介していきたいなと思います。

[1] 開会の挨拶:阪大総長 西尾章治郎

〇 AIには光と闇がある。発展は素晴らしいが、人間の知能を越えた場合の危険性やセキュリティ問題、導入にあたっての倫理的・法的・社会的な課題がある。

[2] 石黒浩『人と関わるロボットの研究開発』

〇 アンドロイドで遠隔から講演会をしたことがある。アルゼンチン国会でも実施した。→ 誰がアイデンティティを持っているのか? 石黒本人に石黒のアイデンティティはあるのか?

〇 ロボットは人を映す鏡。人間はロボットに人間性を見出す。

〇 ロボット製作の目標はマルチモーダルチューリングテスト(MTT)のパス

〇 ロボットの存在感は絶妙。→ホテルで部屋を空けて人間がいたら怖いが、ロボットなら安心感がある。通訳などに使えるだろう。

〇 現在は自律的に対話するアンドロイドの研究をしている。欲求 > 意図 > 動作・発話のモデルを基に自律。話し方などから関係性を探る(関係性が良ければよくしゃべり、悪ければ黙る)。初対面なら80通りの話はじめがあり、相手が意地悪でない限りは会話が成立する。

〇 感情・意識・知能の本質とは?

〇 次の研究対象は社会養育ロボティクス。周りに教えてもらいながら成長していく子供型アンドロイド。

〇 人間 = 動物(遺伝子) + 技術 である。技術無しでは人間は語れない(人間と技術は対立関係にあるわけではない)。最終的には「脳をコンピュータに置き換える」ことになるだろう(100~1000年後か?)。さらなる進化は身体の機械化(生身にこだわらないことは既にコンセンサスがある)。機械化のメリットは身体を選べること、それはすなわち多様化であり進化である。

〇 思考の重要性 → 思考は人間の生きる目的そのもの。ロボットにより労働が取って代わられるとその分人間は純粋に思考できるようになる。

〇 Q. ロボットを利用して人の心をどう動かせるか。 A. 「ロボットは嘘を吐かない」と誰しも思っているので、服の売り子をしたらめちゃくちゃ売れる。高齢者は「ロボットの方が話しやすい」とも言う。

[3] 柳田敏雄『ヒト脳情報研究と人工脳モデル』

〇 ディープラーニングのオリジナルは日本人。

〇 日本はAIの実用面で大きく後れを取っている(最先端はgoogle, Apple, Amazon, Face book)。

〇 ヒト脳に学ぶ「省エネ」。Alpha GOが20万ワット消費するのに対して、思考するヒトの脳は1ワット(思考時と休止時の差。休止時でも高々20ワット)。

〇 人工脳の構築を目標として、ヒトの脳を研究するCiNetを発足した。「脳活動 → 血流量 → 脱酸素化ヘモグロビン → プロトンNMR」で脳を調べる。

〇 脳内意味空間(多次元)ではヒトクラスタ、動物クラスタ、乗り物クラスタと意味訳がされている。→ 人によって価値観が違うとクラスタも違うかもしれない。逆に言えば、脳を調べることでその人の価値観がわかる可能性がある。

〇 入力から脳活動へのエンコードを基に脳活動から入力へのデコードを探る研究をしている。エンコードは観ている映画に対する脳活動のパターン、デコードは脳活動パターンから観ている映像の予測。観ている映像はある程度再現できる(モザイクがかった感じ、色味などは合っている)。

〇 ネイマールの脳を調べると「準備 → 選択 → 実行」の過程が無意識化で繰り返されていることが判明。

〇 Q. スポーツ選手の脳のデータを他の人に取り込んだりはできるか? A. ニューロフィードバックにより、LとRの発音の違いをわかるようにさせたり(元々誰もが無意識下レベルでは区別できているが、意識が重要だと見なしていないだけ)、恐怖の感情を打ち消し恐怖で無いと錯覚させたりすることはできる。

​マツコロイド等でも有名な石黒浩教授に関しては以前にも一度講演会を聴いて記事にしたことがあるので、それについてはこちらをご覧ください。

それでは、今回はこの辺で。See you again!

総合・外国学・生命科学・理工学・俺の

author : A.Mizunoawa   [ 一般 ]
2019.08.26 Monday 18:00 | - | trackbacks(0) | 

みなさん、ご機嫌いかがお過ごしですか。工学研究科生命先端工学専攻M1のA.Mizunoawaです。

大阪大学には豊中キャンパスに総合図書館、箕面キャンパスに外国学図書館、吹田キャンパスに生命科学図書館と理工学図書館がありますが、僕が先日教職の授業を受講するために豊中キャンパスを歩いているとたまたま新しい図書館を見つけてしまいましたので紹介します。その名も「俺の図書館」!

このような図書館が全学教育推進機構ABC棟前のピロティに新設されておりました(残念ながら今はありませんでした。……そのうち復活しますかね?)。

恐らく有志が設立したものだと思われますが、こういう企画を僕なんかは応援してあげたいなと思う性質ですので、目ぼしい本を一冊選んで数百円だけ置きざりにして実際に“借りパク”させてもらいました。借りた本は家に帰る途中の電車で読んで、面白かったのでそのまま家に帰り着いてからも読んで、結局その日のうちに全部読んでしまいました。たぶん本の中身が面白かったからというのはそうなのですが、それ以上に珍しい本の出会い方をしたという体験を味わっていたのだと思います。普段の自分では選ばないような本でも人に薦められたものなら手を付けてみようという心理が少なからず働くものですが、そのようにして出会った本もまた書店での出会いと同じく「良き偶然の出会い」と呼べるのではないかと僕は思いました。

こういった見ず知らずの他人を喜ばせるための企画が増えると嬉しいな、なんて密かに願っていたりします。

それでは、今回はこの辺で。See you again!

[教職]教育社会・制度学(2):親の七光り以外で我々が輝くチャンスを

author : A.Mizunoawa   [ 一般 ]
2019.07.30 Tuesday 23:00 | - | trackbacks(0) | 

みなさん、ご機嫌いかがお過ごしですか。工学研究科生命先端工学専攻M1のA.Mizunoawaです。

今回の記事はこちらの前回記事を読んだ人向けになります。

子供の学力は“たとえ機会の平等性が担保されていたとしても”格差が生じ不平等な結果を生むことになってしまうことが多いです。例を挙げると、社会階層に依らず全員が同じカリキュラムの教育を受けられたとしても階層によって学力に違いが生まれてしまったり、教育の質が異なる裕福な地域と貧しい地域に対して税金の補助を行うことで同様の教育の質を保ったとしても地域によって学力や進学率に差が生まれてしまったりするというようなことがありえます。このように、親世代から子世代にかけて同じような社会階級が馬内度作り直されてしまうという考え方を「再生産モデル」と言います。一方、私たちが理想とする社会は《能力に基づく公正な選抜》によって与えられる平等な機会によって親と子の社会階級に相関が無くなるような社会ですが、このことを「メリトクラシーモデル」と呼びます。

それでは何故、機会の平等性が担保されていても子供の能力は社会階層に依存してしまうのでしょうか。学力の再生産が起こる原理をイギリスの社会学者ブラウンの提唱したペアレントクラシーに基づき説明してみましょう。教育が市場化され教育機会が購入できるようになった社会においては、「子供の能力や努力がベースとなるメリトクラシー」は「親の富や願望がベースとなるペアレントクラシー」にすげ替えられてしまいます。教育の仕組み自体が「塾や習い事に通わせた方が有利」であるから教育費にかけるための金銭的な余裕がある世帯が学力向上には有利ですし、いわゆるお受験などは親の希望が無ければそもそも実現されることは無いからです。実際、2007年の耳塚氏の調査によれば保護者の学歴・収入が高いほど子供への学校外教育支出と学習時間は高まるという傾向があります。

ここからは僕個人の所感ですが、低学力に留まっている子供たちに対する支援で教師側ができることは「勉強に対するモチベーションを生徒に与えること」に尽きるのではないかと思います。実際にペアレントクラシーによって再生産が行われていたとしても貧しい家庭の生徒の塾代を教師が直接肩代わりしてやることなどできないことを鑑みれば、教師は子供たちが自主的に勉強するように仕向けてやるくらいしか彼らにしてやれることは無いのではないでしょうか。彼らに対して「勉強したらこんな良いことがありますよ」ということを、せめて裕福な生まれの子供たちが自身を取り巻く環境から漠然と感じているのと同程度、伝えてやるのが良いと思います(勉強の意義を正しく伝えてやるのは大変な労力を要することですが……)。生徒のやる気のみで貧富の差から生まれる不平等性を完全にカバーすることは難しいかもしれませんが、教師の一言が生徒のモチベーションを向上させ、ひいては彼らの将来を大きく変える可能性は充分にあるのではないだろうかと僕は信じています。

それでは、今回はこの辺で。See you again!

[教職]教育社会・制度学(1):子供たちが抱えている問題

author : A.Mizunoawa   [ 一般 ]
2019.07.30 Tuesday 22:00 | - | trackbacks(0) | 

みなさん、ご機嫌いかがお過ごしですか。大変ご無沙汰しています。工学研究科生命先端工学専攻M1のA.Mizunoawaです。

修士課程(阪大ではあくまで「博士課程の前期」としていますが)に入り、かなり忙しい日々が続いており、先月はブログを更新できませんでした。我らが〇〇研はいわゆるブラック研究室の一つですが、最近はその中でも僕が帰りの戸締りをすることが多くなってきています。一番ひどい時では7月のとあるウィークデーの帰宅時間が「(月) 24:30 (火) 29:00 (水) 22:00 (木) 25:30 (金) 26:45」ということがありました。地獄ですね。まあ、登校は流石に9:30というルールを勝手に破って午後からにしていますが……(夜型をやめろよ)。

さて、今回は教職課程の授業紹介の第一回目です。工学系に限定せず、社会学にも興味があるよという人は是非読んでみてください。

学校という場所にはたくさんの子供たちがやってきますが、彼らには様々なバックグラウンドがあり、場合によっては何かしらの問題を抱えているということがあります。教師を志す者としては、自分の学生時代の経験だけから物事を判断することなく、世の中にある多種多様な問題を把握して、子供一人ひとりに適切な個別の対応をする必要があります。それでは一体子供たちはどんな問題に直面しているのでしょうか? 一緒に考えていきましょう。

〇貧困……貧困には「絶対的貧困」と「相対的貧困」があります(定義は割愛)。前者の貧困は日本には少ないのですが、後者は約16%がそうだと言われています。特に一人親家庭では50%にも上ります。相対的貧困家庭では生きるために子供であってもアルバイト等をすることを強いられ、場合によっては夜の商売で稼ぐというケースも見られます。貧困から脱出しようと就活を試みても、そもそもインターネットが無いため求人を探すのが困難であったり、リクルートスーツが用意できなかったりといった問題があり、自力でなんとかするのは難しいのが現状です。

〇ジェンダー差別……生物学的な性別のことをセックスというのに対して社会的・文化的な性別のことをジェンダーと呼びますが、ジェンダーに基づく差別はなかなか根絶されません。社会が要請する男らしさや女らしさ、すなわちジェンダー規範によって、我々は進学・就職・結婚・子育てなどの人生の重要な局面での選択に不自由さを覚えることがあります。日本では経済面と政治面でのジェンダー格差(男性優位)が特に大きいと言われていますが、教育面に関しても完全なる男女平等はいまだに実現していません。

〇ニューカマーにとっての言語の壁……日常生活で用いられる言語のことを生活言語と言うのに対して、教師の話し言葉や教科書の文章など学習場面で用いられる言語のことを学習言語と言います。日本の学校で学習するニューカマー(1980年代以降に日本へ渡り長期滞在している外国人)が第二言語として日本語を学習する際にはもちろん生活言語と学習言語の両方を習得する必要がありますが、一般に学習言語の習得には時間がかかります。そのため教師が「日常会話ができるから課題は無い」と判断するも、実際には子供の学習状況が遅れているというケースがよく見られます。

〇家庭環境の違い……家族から伝達される文化的資源のことを文化資本と言います。お金は経済資本ですが、文化資本には形がありません。たとえば読書習慣や美術館通いの習慣、一般書籍・辞書・専門書・絵画の保有数、学歴・資格の保有といったものがこれに当たります。経済資本が多い方が子供の教育には有利であることは想像に難くありませんが、実際には文化資本も学力と密接な繋がりがあります。何故なら文化資本は学校知識と親和性が高いからです。つまりこれは、バッハやシューベルトを普段から聴いている子供の方が最近のJ-POPばかり好んで聴く子供よりも音楽の授業を吸収しやすい、というようなことを指しています。もし資本総量が同程度であれば経済資本よりも文化資本が多い方が学力に有利だという研究結果も存在しています。

 もし学生時代にこのような問題を抱えたクラスメイトがいれば理解が深いかもしれませんが、全ての問題を肌感覚で感じているという人は恐らくいないと思います。しかし、教師はこのような問題が子供たちにある可能性を考慮しながら教育を施していく必要性があります。

次回の記事では、最後に紹介した「家庭環境の違い」について掘り下げていきたいと思います。

それでは、今回はこの辺で。See you again!

時間割を実感しよう(教職課程編)

author : A.Mizunoawa   [ 一般 ]
2019.05.28 Tuesday 12:00 | - | trackbacks(0) | 

みなさん、ご機嫌いかがお過ごしですか。工学研究科生命先端工学専攻M1のA.Mizunoawaです。

前回の記事では僕が院に入ってから教職を取り始めたという話をしましたが、今回はその教職に関する詳細情報を以下にまとめてみました。需要があるかはわかりませんが、興味がある人は是非今後の参考にしてください。

得すべき科目は大きく 文科省が定める科目 教育の基礎的理解に関する科目 教科とその指導法に関する科目 大学が独自に設定する科目 に分かれる。

8単位。順当に卒業要件に関する授業を取っていれば勝手に取れていることが多い。ただし日本国憲法だけは選択科目として自主的に取る必要があるので注意。

中学は27単位、高校は23単位(両方取る場合は27で良い)。具体的には、「教育原理・教育課程論」「教職論」「教育社会・制度学」「学習・発達論」「特別支援教育論」「道徳教育論(高校免許のみの取得なら不要)」「特別活動・総合的な学習論」「教育方法論」「生徒指導・進路指導論」「教育相談」という座学に加えて「教育実習(中学で3週間、高校で2週間。基本的には母校で実施)」「教職実践演習(教職全般に関する見識と技能が身についているか確認するための現場体験)」がある。

中学は教科に関する専門事項20単位と教科の指導法8単位の計28単位。高校は教科に関する専門事項20単位と教科の指導法4単位の計24単位。教科の指導法は個別に取得しなければならないが、教科に関する専門事項は学部学科によって自動的に取れていることが多い(たとえば工学部応用自然科学科なら、卒業要件と理科の免許に必要な単位がほぼ被っている。文学部なら国語、外国語学部なら国語や英語が同様に被っている。たとえ被っていない免許が欲しいとしても、本人の努力次第では取れなくはない。ただし、卒業と関係無い科目を20単位以上取るのは決して容易ではない……)

中学は4単位、高校は12単位。阪大ではそのうち2単位は「総合演習(30h以上の校内ボランティア活動)」でなければならない。それ以外の単位は↓の余剰分で補うか、別途指定された授業を取る。

※中学・高校ともに、大学院に進学して別途指定の24単位を取得すれば取得できる免許を一種免許から専修免許へとアップグレードすることができる。

僕の場合は数学の免許が欲しかったのですが、応用自然科学科で数学の免許を取るのはかなり大変(というより、大学院から取り始めるのは不可能)だったので、理科の免許を取ることにしました。その代わり、院進するついでに理科の専修免許も取ってしまおうと思っています。数学免許が欲しいのに在学中に理科の免許を取るメリットは、数学だけ持っているよりも理科と数学を持っている方が就職時に有利である点と、社会人になってから追加で数学免許を取るのが容易になる(教育実習は一回行けば良いので、通信教育等で座学のみ受講すれば良い)点です。

ちなみに、理科の免許には物理・化学・生物・地学の区分が無く、ひとつの免許で全てを教えることができます。と言っても、単位取得にはたとえば物理・化学だけというようなほとんど偏った学習でも全く問題ありませんし、教師になってから「生物や地学は教えられません」とはっきり宣言しておけば教えなければならない状況はまず起こりえないと思います。

次回以降の記事では△硫別椶具体的にどんな授業なのかを少しずつ紹介していければ良いなと思っています。

それでは、今回はこの辺で。See you again!

今更感ある教員免許、取り始めるのは今日でも良いん?

author : A.Mizunoawa   [ 一般 ]
2019.05.27 Monday 23:00 | - | trackbacks(0) | 

みなさん、ご機嫌いかがお過ごしですか。大阪大学大学院工学研究科生命先端工学専攻博士前期課程1年生 (M1) のA.Mizunoawaです。この春、大阪大学を無事に卒業して大学院に進学する運びとなりました。

この春、と言っても、もう既にほとんど真夏のような季節にはなってしまいましたが……。先日(5/26)になるまでは5月の最高気温ランキングの一位は1993年の埼玉県秩父で記録した37.2℃だったらしいのですが、5/26でその記録は19位まで落ち、1位〜18位が2019年5月26日で独占、1位の最高気温は39.5℃に塗り替えられたそうです。流石に異常気象が過ぎますね。

どうして5月の末まで更新が途絶えていたかと言うと、単純に研究生活では毎日が忙しなく、色々と手一杯だったためです。一月は行く、二月は逃げる、三月は去ると言いますが、四月は死ぬほど忙しく、五月は怖いくらい暇が無いという感じで、まあたぶん年中忙しいんだろうな、と気付いて、だったらタイミングを見計らってないで思い立ったが吉日でしょうと筆を執っています。

話を大学院の入学に戻します。阪大工学部では8割方の生徒が院へと進学し、就職等は2割程度と低い割合ではあるのですが、実を言いますと僕自身は、年明けの段階まではその2割の方になる予定で話が進んでいました。というのも、自分の将来について考えているうちに、バイトが塾講ということもあり教育関係にけっこうな興味関心があることに気付きはじめまして、教員免許を取ろうと思ったためです。

教育系の大学院に進み免許取得に集中したいので研究室を離れたい旨を両親や教授に伝えましたところ「大学院に籍を置いたまま免許を取ることは可能なのではないか?」という話が浮上しました。正直、自分には目から鱗の話でした。普通、免許を取る場合は大学1回生からこつこつと授業を取っていくものであり、たとえば2回生から取りはじめるとなるとそれだけでもけっこう過密スケジュールになると一般的には言われています。ですから僕は、本当に大学院と教職課程の二足のわらじを履くことは可能なのか、とかなり疑心暗鬼でした。しかし、好きなことだから忙しくても頑張れるだろうと、えいやの気持ちで大阪大学に籍を置き続けることにして、今は周りの人と変則的な動きをしながらも授業を取得しながら研究も続けるという生活を送っています。

はっきり言って、めちゃくちゃ大変です。平日は毎日研究室にいる時間が14時間を超えるのがデフォルト、土曜日も豊中キャンパスでの授業が3コマあって休みはほとんど潰れてしまいます(※前者は単純に我らが○○研がブラックだからという説あり)。「教職のせいで研究が進まない」は言い訳にならないので、やるべきことができていない週は日曜日でも研究室に来ます。僕の場合はだいたい隔週で日曜日に研究室へ行きます。

それでも僕が自信を持って言えることは「迷っているなら教員免許を取ってしまえ! たとえ1回生でなくとも全然遅くはない!」ということです。迷っているなら多少は教育に興味があるということだと思いますが、教職科目というのはそういう人にとってはけっこう興味深くて楽しい授業が多いです。忙しいなりに、学びがあります。単位はいくつとっても学費には一切関係が無いので、そういう人にとっては取らない理由は無いんじゃないかなと僕は思います。

ちなみに、教員免許を社会人になってから取ることはきわめて難しいです。何故なら、教育実習(と、中学免許なら介護実習)があるためです。授業だけならアフターファイブや休みの日に通信教育なりで進めていくことは可能ですが、実習科目はまとまった数週間が必要となりますので、仕事がある社会人には受けることはほとんど不可能です。もし本気で教師に転職したいとなると、一旦会社を退職してから、最短で二年間ほど無職になって教員免許取得に励むしかありません。それはなかなかリスキーな選択ですので、できれば避けたいものではあります。そのためにも、絶対に使うかはわからないけれどとりあえず取得しておく、というのは賢明な判断だと思います。

次回以降の記事では、教職科目の内容についても随時触れていきたいなと思っています。お楽しみに。

それでは、今回はこの辺で。See you again!

第二外国語[中国語]:中文的猜谜

author : A.Mizunoawa   [ 一般 ]
2019.03.11 Monday 13:00 | - | trackbacks(0) | 

みなさん、ご機嫌いかがお過ごしですか。応化4回生のA.Mizunoawaです。

先日、阪大を含む国立前期入試の合格発表が出揃いました。春から希望の学校に通う方、おめでとうございます。あっという間の大学生活ですので、油断せぬよう充実した毎日をお過ごしください。今回は努力が実らなかった方は、僕が浪人について一家言述べさせていただきました前回記事をご一読ください。今後の進路について、少しでも参考になれば幸いです。

さて、今回は第二外国語について話してみようと思います。専門科目についてはよく記事にするのですが、一般教養の記事は随分久しぶりになります。僕は第二外国語として中国語を取ったのですが(1,2回生の時なので、2年も前の話です)、どうしてこのタイミングで記事を作成したかというと、今が絶好の機会だからです。というのも、阪大では合格発表と共に送られてくる入学手続き書類一式の中に第二外国語を選択する用紙が入っているのです(少なくとも僕が入学したときはそうだったので、今もそうだと思います。違っていたらすみません)。用紙は入学までに提出することになるのですが、引っ越しだの入学手続きだので忙しくしていると、ほとんど第二外国語をどれにするかを考える暇などなく、まあ大抵は適当に選んでしまうことが多いです。

そこで僕は、この記事を通してみなさんに中国語をおすすめしようと思います。

大阪大学工学部では1年目に週2コマ、2年目に週1コマで第二外国語を選択しなければいけません。これは必修の科目なのですが、聞くところによると京大工学部をはじめとするいくつかの大学はどこも第二外国語が1年生の間だけしかなかったという話ですので、恐らく第二外国語がこれだけあるのは阪大のひとつの特徴だろうと思われます。

理系のみなさんの多くは言語科目があまり好きではないかもしれません。ましてや英語力さえ微妙なのに新しい言語を学ぶなんて……。正直な感想はそれでしょう。しかし、何事も新しいことは学んでみたら楽しいものです。特に「わかれば」楽しいです。一度も学んだことがないのに「わかる」言語ってなんだろう……? と考えたときに、我々日本人は漢字を用いているわけで、中国語なんてどうだろう、と真っ先に思い浮かぶことでしょう。

日本人学習者にとって中国語を学ぶメリットはまさにそれで、使う文字が同じなので意味が非常に汲み取りやすい、というのがあります。それを実感してもらうために、突然ですがここでクイズを出したいと思います。中国語を読んで意味を当てるクイズです。「え? 習ったことも無いのにそんなの無理に決まってるじゃん」と思うなかれ。騙されたと思ってまずはトライしてみましょう。

というわけで、以下に5つの問題を用意しました。それぞれの問題に対してA,B,Cの3つのヒントを用意しています。まずAだけを読んで当てられたら、貴方の勘はかなり鋭いです。通常はBまで読んで当てるのもなかなか難しいかもしれません。ただし、Cまで全部読んだ場合は是非とも答えを見ずに頑張って当てていただきたいと思います。

問題:

(1) 图书馆
(2) 手机
(3) 乒乓球
(4) 可乐饼
(5) 奥林匹克
ヒントA:
(1) 漢字をじっくりと眺めてみましょう。
(2) 要するに「手に持つ机」のことです。ただし、机は日本語と同じ意味ではありません。何か別の漢字を表しています。
(3) 最後の文字が表す通り、何かの球技です。
(4) コーラのことを中国語で「可乐」と書きます。
(5) これはノーヒントで!
ヒントB:
(1) 真ん中の漢字は「本」を意味しています。三文字目を足がかりに考えていくとわかりやすいかもしれません。
(2)  中国語で「何月何日?」と訊ねる場合は「几月几日?」と書きます。ただし「几=何」という訳ではなくて、「何」とかなり近い意味のある文字を表しています。
(3)「乒乓」の字面がなんとなくその球技をやっている様子を表しているように、見えなくもないです(実際に表意文字かどうかは、ちょっとわかりませんが……)。
(4)「饼」は餅のことですが、実際には餅というよりも「何か薄っぺらい形のもの」を意味します。
(5) 各文字の日本語における音読みを考えてみてください。
ヒントC:
(1) 発音は「トゥー・シュー・クヮン」です。どこか響きが似ている日本語に心当たりがありませんか?
(2) 「几月几日?」は「幾月幾日?」を簡体字で書いたものなので、「几=幾」となり、「机=機」です。つまり「手に持つ機械」となり、普段いつも持ち歩いている機械と言えば……そう、あれですね。
(3) 発音は「ピン・パン・チォウ」です。発音でわかるかもしれません。中国が得意とするあの競技です。
(4) 「可乐饼」はいわゆる当て字で、より正しく書くならば「土豆饼」になります。「土豆」は中国語でジャガイモのことです。コーラと発音がよく似た、何か薄っぺらい形のジャガイモ。それすなわち……。
(5)「奥=オウ」「林=リン」「匹=ヒツ(匹敵)」「克=コク(相克)、コ(克己心)」ですから「オウリンヒツコ」となって……。(3)の答えとも関係している、あれです。

※答えはこの記事の最後にあります。

中国語の面白さ、伝わりましたでしょうか? 少しでも興味が湧いた方は是非チャイ語(と、大学生は言いがち)を検討してみてください。一応、中国語の難しいところも包み隠さず伝えておくと、意味がわかって文字の記述ができたとしても発音に関してはかなり難しかったりします。日本語の五十音に対応するピンインは400程度あり、ひとつのピンインに対して四声という4通りのイントネーションが存在するため、実質的な音の数は1600です。文字の意味を理解するだけなら簡単ですが、きちんと声に出して読めるようになるためにはかなりの暗記量が要求されます。もっとも、日本語の漢字は音読みと訓読みの区別があったりしますが、中国語ではひとつの漢字にひとつの読みしかありませんので、一対一の対応で漢字の読みを記憶するだけでよく、学習しやすくはあります(大阪大学は「おお・さか・だい・がく」と「大」の字に対して二種類の読み方をしますが、中国語なら「ター・パン・ター・シュエ(dà bǎn dà xué)」となり、必ず同じ読み方になります)。

答え:(1)図書館 (2)携帯電話 (3)卓球 (4)コロッケ (5)オリンピック

それでは、今回はこの辺で。See you again!

浪人は、苦労人

author : A.Mizunoawa   [ 一般 ]
2019.03.08 Friday 14:30 | - | trackbacks(0) | 

みなさん、ご機嫌いかがお過ごしですか。大変ご無沙汰しています。応化4回生のA.Mizunoawaです。
大学入試を終えたみなさん、お疲れさまでした。国立の場合は、明日以降に順次合格発表があるかと思います。結果によっては浪人するか別の大学へ進学するかの重大な決断を迫られることになるかもしれませんが、僕は「どちらでも良い」と思います。この選択には絶対的な正解はないので、やはり基本的には自分がやりたいようにやるべきでしょう。

浪人を経験している身から言えば、周りが大学生活をエンジョイしている中、自分だけが非常に鬱屈した1年間を過ごさなければならない大変さ……のわりには、必ずしも合格できるという保証があるわけでもないので、メンタル的には想像以上に辛く重く、万人に「浪人した方が自分の将来のためになるよ!」なんて、僕は口が裂けても言えません(実際、僕には阪大以外に行きたい大学があったのですが、結局浪人しても成績があまり上がらず、冬頃に第一志望校を諦めました)。

しかし、僕は「絶対に後悔だけはしたくない」タイプの人間で「たとえ最終的には夢が叶えられなくても、挑戦した事実の方がはるかに大事だ」と考えているので、浪人しなくても良かったなーなんてことは、浪人当時から大学生になった今までの間、一度も思ったことはありません。
僕が思うに(どちらが良い悪いとかではなく、単純に)そんな風に考える人間と、そうでない人間がこの世の中にはいます。あなたはどちらでしょうか? 「たとえ浪人しても成果が出なかったのだとしても、浪人せずに後になって『しとけば変わったかもしれなかったのに……』と悔やみ続けるよりはましだ」と思うか、それとも「浪人は0か100かの博打であって、結果が伴わなかったら経過は無駄になる」と思うか。前者だと思う人は、是非、挑戦していただければと思います。あなたになら僕は「浪人した方が自分の将来のためになるよ!」と胸を張って言うことができます。一方、後者だと思う人は、あまり周りの意見に流されないように注意してくださいね。浪人するなという意味ではないですが、浪人して成績が上がる自信があるのか(換言すれば、現役の頃に伸びしろを伸ばしきった実感が無かったのか)、最後までモチベーションを保てるのか、本当によく考えて覚悟を決めてから決断されることをおすすめします。

それでは、今回はこの辺で。See you again!

熱力学(5):定積熱容量Cvと定圧熱容量Cp

author : A.Mizunoawa   [ 一般 ]
2019.01.29 Tuesday 17:30 | - | trackbacks(0) | 

みなさん、ご機嫌いかがお過ごしですか。応化4回生のA.Mizunoawaです。

僕以外の同期のB4が全員ライダーなのですが、いつも放課後どこかに遊びに行くときにはちょこねんと後ろの座席に座らせてもらっていることが申し訳ない気持ち半分と、ポテトチックな自分に辟易する気持ち半分があって、最近バイク教習所に入校しました。車の免許は持っているので時間もお金もかからずに取れそうです。しかし、バイク本体を購入するお金の算段は実は付いていません……。悲しいですね……。

さて、今回は高校物理で少しだけ触れているであろう「定積熱容量CV」「定圧熱容量Cp」について、もう少し深く説明していきたいと思います。前回記事で学習したエンタルピーが出てきますので、未読の方はそちらを先にどうぞ。

定積熱容量CVとは「温度を上げたときにどれだけ内部エネルギーが溜まりやすいか」を表し、式で定義すればCV = (∂U /∂T)Vとなります。一方、定圧熱容量Cpは「温度を上げたときにどれだけエンタルピーが溜まりやすいか」を表し、式で定義すればCp = (∂H /∂T)pとなります。ここで、それぞれの式の左辺および右辺に出てくる下付き文字は、その物理量が一定であるという条件において成り立つ、ということを意味しています。すなわち前者の式はVが一定(つまり定積)、後者の式はpが一定(つまり定圧)である場合にのみ成り立つということを意味しています。また、ひとまず今は、∂をdと読み替えて微分のことだと思ってもらって構いません。

まず、前者の式から変形します。定義式よりdU = CVdTであり、変化量が微小でないならΔU = CVΔTとなります(かなりざっくりとした変形ですが、今回は簡単に説明するだけですので悪しからず)。ここで、定積の場合はΔU = q + wかつw = 0なのでΔU = qVとなり、みなさんご存知のq = CVΔTを得ます。後者の式もほとんど同様の流れで、定義式よりΔH= CpΔTとなり、定圧の場合に成り立つΔH = qp (導出は前回記事を参照)を用いればq = CpΔTとなります。これで「吸収熱は熱容量に上昇温度をかけることで求めることができる」という結論が得られました。

ちなみに、高校物理で習うことだとは思いますが、これらの熱容量には完全気体の場合においてCV −Cp = nRという関係が成り立ちます。

今回紹介した対称的で綺麗な証明を通して、エンタルピーを定義する理由がなんとなくはわかっていただけたのではないかと思います。

それでは、今回はこの辺で。See you again!

熱力学(4):エンタルピーH

author : A.Mizunoawa   [ 一般 ]
2019.01.17 Thursday 11:00 | - | trackbacks(0) | 

みなさん、明けましておめでとうございます。応化4回生のA.Mizunoawaです。例の如く大変ご無沙汰しております。

更新が途絶えていた間の近況として特筆すべきは

ヾ末報告会が(炎上による火傷等が無かったという意味で、文字通り)無事に終わったこと。

研究室内に通常のオフィスグリコに加えて冷蔵庫も設置されたこと。簡単に説明すればホテルの冷蔵庫と同じものが導入された。中にあるアイスやジュースはお金さえ払えば気軽に購入することができるため、コンビニに行く手間が省けて便利。

8Φ羲爾B4とM1で新潟までスノボ旅行に行ったこと。僕にとっては人生初のスノボだったため、楽しかったが、翌日の筋肉痛がひどく二日目はほとんど滑れなかった。

ぢ膤日の晩に仮眠を取ったら、年越しの瞬間を逃したこと。

くらいですかね。それぞれ記事にしようと思えばできるくらいには話をいくらでも膨らませられることができるのですが、新年一発目の話題はやはり熱力学の方が縁起が良いと思いますので(超適当)、そうしたいと思います。

大学に入ると、エンタルピーやエントロピーという聞き慣れない用語が出てきます。最初は恐らく熱力学で聞くことになるかと思うのですが、これは高校物理の熱力学では教えてもらわなかった物理量だと思います。

まず、以下にエンタルピーの定義を示しましょう。

エンタルピーはHと書き、H=U+pVで表されます。なお、ここでUは内部エネルギー、pは圧力、Vは体積を意味しています。

どうしてこのような新しい物理量が設定されたのかと言うと、その方が好都合だからです。種々の物理量は状態関数と経路関数という二種類に分類できるのですが(詳細は割愛するので興味があれば調べてみてください)、このうち物理学的に扱いやすいのは前者です。状態関数には圧力p,体積V,温度T,内部エネルギーUなどがあり、経路関数には仕事wや吸収熱qがあります。このような経路関数を状態関数として扱うために、エンタルピーは定義されています。

以下に示す証明によって定圧下においてはH=qであることが示されますが、この式の左辺は状態関数、右辺は経路関数になっているため、定圧下ならば吸収熱を状態関数として扱うことができるというわけです(大気圧は定圧ですので“常圧で起こる全ての反応”はこの条件を満たしますね)。

 [簡単な説明] H=U+pVよりH=U+(pV)となり、pが一定ならH=U+pVと書ける。pVは定圧下において系が外部にした仕事のことでもあるので−wと書き換えられて(注釈:大学の熱力学においてwは「気体がされる仕事」と定義される)、H=U−wとなるが、内部エネルギーの定義からU=q+wであるからH=q+w−w=qとなる。

[厳密な証明(大学の講義で学習する)]H=U+pVにおいて、それぞれの物理量が微小量だけ増加したとすればH+dH=(U+dU)+(p+dp)(V+dV)と書ける。微小量の二乗は無視できるほど小さいと考えれば(p+dp)(V+dV)=pV+pdV+Vdpと近似される。故にH+dH=U+dU+pV+pdV+Vdpであるが、H=U+pVであるからdH= dU+pdV+Vdpとなる。U=q+wなのでdU=dq+dwであり、これを代入してやればdH=(dq+dw)+ pdV+Vdpとなる。系が外圧pと平衡な状態で膨張の仕事だけをするならばdw=−pdVと書けるので、これをさらに代入してdH=(dq−pdV)+ pdV+Vdp=dq+Vdpとなる。今、定圧下という条件があるのでpの変化量は0でありdp=0と書けるから、この式はdH=dqである。

ちなみに、大気圧における反応であるならば、高校化学における熱力学方程式の右辺に出てくるx kcalというのが(符号は逆ですが)エンタルピーHに対応しています(つまり「H2(g) + 1/2 O2(g) = H2O(l) + 68.3 kcal」と「H2(g) + 1/2 O2(g) → H2O(l), H = −68.3 kcal」は同じ意味)。

それでは、今回はこの辺で。See you again!

熱力学(3):熱と仕事とエネルギー

author : A.Mizunoawa   [ 一般 ]
2018.11.13 Tuesday 19:00 | - | trackbacks(0) | 

みなさん、ご機嫌いかがお過ごしですか。大変ご無沙汰しています。応化4回生のA.Mizunoawaです。今回は前記事に引き続き熱力学のお話でもしてみようと思います。

「熱と仕事とエネルギーの違いを説明してください」と言われたらあなたはどう答えますか?

熱とはエネルギーの形態の一種です。光エネルギー、音エネルギー、化学エネルギーなどと同列で、エネルギーそのものを指します。ですから、熱が物体から別の物体へ移動するとエネルギーが移動したことになります。このエネルギーの移動に対して物理用語としての名前は特についていませんが、このエネルギー移動が「(手や膨張する気体が)物体を押す」ことで行われた場合のみ、「仕事をした/された」という言い方をします。つまり、仕事とはエネルギーのことではなく、エネルギーの移動のことを指した用語です。

それを踏まえて、熱の移動と仕事にはどのような違いがあるのでしょう?

分子レベルのミクロな視点で考えると、それは簡単に説明することができます。熱は、多ければ多いほど温度が高くなります。温度が高いならば原子はより大きく振動しています。熱が移るとは、その振動が伝播して別の原子に移るということです。要するに「原子の不規則な運動」による運動エネルギーが移動していくわけです。

一方、仕事では気体や固体(おもりなど)が他の系を押すことでエネルギーを移動させます。押すということは全ての原子が同一方向に向かって移動するということを意味するので、これは「原子の規則的な運動」による運動エネルギーの移動と考えることができます。

つまり、系の内部エネルギーをU,吸収熱をq,なされた仕事をwとすれば「U=q+w」であるという高校の熱力学で学習するこの式が意味するところは、(増えたエネルギー)=(分子の不規則な運動によって系に流入してきたエネルギー)+(分子の規則的な運動によって系に流入してきたエネルギー)という、きわめて当たり前の事実なわけです。

なお、大学に入ってからは「U= Q+Win」と考えることしかなくなりますが、高校ではしばしば「Q=U+Wout」と説明されることもあるかと思います。この式の場合の解釈は、(加えた熱量)=(内部エネルギーとして気体に蓄えられるエネルギー)+(気体の膨張に使用されるエネルギー)という意味です。内部エネルギーの上昇はU=(3/2)nRTから温度の上昇を意味しますから「気体に加えた熱エネルギーは必ず、気体の温度または体積を大きくするためにだけ使われる」と言い換えることもできますね。

熱力学は物理・生物・化学のどの分野に進む場合でも理系なら大学でほぼ必ず学習する重要な単元です。高校生で苦手意識をもっている人は将来必要だと思って頑張って勉強していきましょう。

それでは、今回はこの辺で。See you again!

熱力学(2):臨界点と臨界圧縮因子

author : A.Mizunoawa   [ 一般 ]
2018.09.19 Wednesday 11:00 | - | trackbacks(0) | 

みなさん、ご機嫌いかがお過ごしですか。応化4回生のA.Mizunoawaです。今回は1年以上前の記事「熱力学(1):ファンデルワールスの状態方程式」の続きの記事を書いてみました。(1)とナンバリングしていただけあって、続きの話は一応考えていたんですよね……。本当に長い間、放置してしまっていましたが。

物質の三態といえば、何でしょうか。もちろん、固相、液相、気相(固体、液体、気体)の3つです。液相と固相が平衡で共存する温度は融点と呼ばれ、液相と気相が共存する温度は沸点と呼ばれます。すると、固相、液相、気相が全て共存するような温度のことを何と言うでしょう? 答えは、三重点です。三重点では、温度のみならず圧力も物質固有の定まった値を取ります(難しい説明をすれば、ギブズの相律における自由度が0だから)。任意の圧力と温度でその物質がどのような状態を取るかを示した図を相図と言います。相図を参照すると、三重点は液相が存在することができる最低圧力・最低温度であることが明らかです。ところで、一般的な単体物質の相図の細部にまで注目してみると、液相と気相の境界線が途中で途切れているのがわかります。途切れているというのは、その点を超えると液相と気相の区別がつかなくなるということを意味しています。その状態を超臨界流体と呼び、二相の区別が無くなる瞬間の点を臨界点と呼びます。

臨界点での温度、圧力、モル体積をそれぞれTc¸ pc, Vmcとしましょう。これらをまとめて臨界定数と呼びます。ここで、「臨界点においてファンデルワールスの式はVmcについて1階微分・2階微分すると0になる」という事実を用いると、この臨界定数を計算することができます(以下の計算は高校生の知識で充分に実行が可能ですので、是非挑戦してみてください)。

dpc/dVmc = −RTc/(Vmc−b)2 + 2a/Vmc3 = 0 ……

dpc2/dVmc2 = 2RTc/(Vmc−b)3 − 6a/Vmc4 = 0 ……

2×  (Vmc−b) ×△茲蝓

4a/Vmc = 6a(Vmc−b)/Vmc4 これを解いてVmc = 3b

これを,紡綟してRTc/4b2 = 2a/27b3 これを解いてTc = 8a/27Rb

pc = RTc/(Vmc−b) − a/Vmc2 これを計算してpc = a/27b2

このようにして、Tc¸ pc, Vmcが計算されます。

さて、ここで少し話は変わるのですが、どんな気体に対しても圧縮因子Zというものが定義されています。これは完全気体のモル体積に対する実在気体のモル体積の比のことで、式で書けばVm0 Z = Vm となります(Vm0が完全気体のモル体積を表す)。簡単に言えば、Zはどれだけ完全気体に近いかという指標で、Zが1に近いほど完全気体に近いということを表します。

理想気体についてはpVm0 = RTが厳密に成り立ちますから(それが厳密に成り立つ気体を理想気体と呼ぶ)、先ほどのZの定義式を代入してpVm = RTZと変形できます。

この式は当然ながら臨界点においても成り立つはずなので、pcVmc = RTcZcが成立します(Zcは臨界点における圧縮因子、すなわち臨界圧縮因子)。先の計算で求めた臨界定数を代入してZcを計算すると、Zc = 3/8になります。つまり、臨界圧縮因子は、その気体の種類によらず、必ず一定値3/8を取るということがわかりました。──定数でも、3/8というのがちょっと変わっていて面白い感じがしますね。

それでは、今回はこの辺で。See you again!

報告会と院試とラボ旅行

author : A.Mizunoawa   [ 一般 ]
2018.09.05 Wednesday 16:00 | - | trackbacks(0) | 

みなさん、ご機嫌いかがお過ごしですか。大変ご無沙汰しています。応化4回生のA.Mizunoawaです。

前回の更新が5月末ですので、6~8月の間の更新が滞っていたことになりますが、その間に僕が何をしていたのかについて今回は語ります。B4の前期の予定としては、4~6月に研究をして、7月に報告会でこれまでの研究のまとめを発表、7,8月に院試勉強期間という名の夏休みに突入し、8月末(今年度は8/21~23)に院試──というのが一般的な流れになります。僕はこの6月に報告会の準備に追われており、7,8月には院試の勉強に追われていたため、わりと真面目に「ブログ書いてる場合じゃない! 状態」なのでした。

報告会の準備とは具体的に、自分の実験データを整理し、結果を辻褄が合うようになんとか解釈し、それを他者にわかりやすく伝えるようにパワポにまとめることです。報告会は金曜日にあったのですが、その週の僕は「日曜日→休みだがデータが足りないので実験しに大学に行く、月曜日→パワポの目途が立たず1:00 a.m.までスライド作成、火曜日→2:00 a.m.までスライド作成、水曜日→3:00 a.m.までスライド作成、木曜日→3:00 a.m.まで最終確認」というハードな追い込まれ方をしていました。加えて、朝から夕方に渡る長い報告会、プラス、夜には院試頑張れ飲み会があったのでもはやその頃のことは慢性的に眠かった記憶しかないです。

院試頑張れ飲み会を終えた次の日からは、およそ1か月半の院試休みでした。休みなので何日かは遊びに行ったりもしましたが(B4全員で白浜に旅行に行きました)、院試は範囲が多いのでけっこう勉強ばかりしていました。起きる、勉強する、食べる、勉強する、食べる、勉強する、帰って寝る、を繰り返す日々は、僕にとっては高3の冬頃を彷彿とさせられました(ちなみに、僕は2,3回生でサボり倒していたのでそんな有様でしたが、普段から真面目にやっている大抵のひとにとっては余裕だったそうです)。

院試は研究室の属するコースにもよるのですが、僕は3日ありました。1日目が2.5hの化学のテスト、2日目が2hの化学のテスト、3日目が面接です。これに加えて応用化学の多くの研究室では、1日目に英語のテストが追加されるようです。それから、コースを問わず全員が事前に受験したTOEICのスコアを提出しておく必要があり、この点数も合否に関わってきます。

そして院試が終わってからの一週間は、完全に休みになります。一切勉強をする必要もないので、完全に羽を伸ばして休日を過ごすことができました。僕らの研究室では、休日の最終日のタイミングでラボ旅行がありました。一泊二日で研究室全員参加の旅行だったため、教授を含め全メンバーと親密になることができました。

……と、以上のような忙しい(充実した?)毎日を過ごし、9月からは普段通りの研究の日々が始まります。とはいっても僕は長いブランクで実験の腕が鈍っておりリハビリに近い状態なので、まだとても普段通りとは言えないのですが。そんなリハビリの合間の待ち時間に、この文章を書きました。

それでは、今回はこの辺で。See you again!

雑誌会をご存知かい?

author : A.Mizunoawa   [ 一般 ]
2018.05.23 Wednesday 22:00 | - | trackbacks(0) | 

みなさん、ご機嫌いかがお過ごしですか。応化4回生のA.Mizunoawaです。今回はほとんどの研究室で行われている「雑誌会」と呼ばれるものについて説明しようかと思います。雑誌会は研究室によって文献紹介などとも呼ばれており、その回を担当する生徒が自分で選んだ論文を一報あらかじめ読んでおいてそれを全員に発表する勉強会のことです。発表が日本語なのか英語なのかは研究室によってまちまちですが、少なくとも論文は英語ですのでやはりある程度の英語力が無ければなかなか厳しい戦いになります。説明するべき資料が読めないようでは、文字通りお話になりませんので……。担当する周期についても研究室によりますが、僕が知る限りでは、早くて隔週、遅くて月一程度ですので、最低でも年12本は論文を読むことになります。まあ、実際はもっとたくさん読むことになることはまず間違いありませんが。論文はただ読めば良いというわけではなくて、読んで完璧に理解する必要があります。それだけでもなかなか難しい作業なのに、その上その論文をわかりやすくまとめた資料も作成しなければなりません。なかなか厄介──もとい、やりごたえがある仕事です。非常に勉強にはなると思います。本当に大変ではありますけれども。

先日、僕は初めての雑誌会を無事に乗り切ることができました。論文に対する理解が浅いために教授や先輩の質問に上手く答えられない場合は怒られてしまいますので、そうならないように入念に準備をしました。専門用語の意味を調べながら何度も論文を読み返し、一見して何を意味しているのかわからないグラフの意味を正確に把握する──その作業の大変さを痛感しました。そして、今となってはもう遅いことなのですが、高校時代や3回生までの間にもっとちゃんと英語を勉強していれば良かったなぁと強く思いました。先輩からも散々言われていたことなのに、やはり英語は好きになれずあまり熱心には勉強していなかった僕ですが、ついに付けが回ってきたなぁという印象です。これを読んでいる理系高校生のみなさんは、好きだ嫌いだなんて言わずに、将来的には絶対必要だという現実を受け止めて、ちゃんと英語の勉強をしましょうね……? (もちろん、他の科目も!)

それでは、今回はこの辺で。See you again!

工学における安全と倫理(2):組織の意思決定と、個人の意志

author : A.Mizunoawa   [ 一般 ]
2018.05.02 Wednesday 11:00 | - | trackbacks(0) | 

みなさん、ご機嫌いかがお過ごしですか。応化4回生のA.Mizunoawaです。

前回「工学における安全と倫理」という授業について少し紹介させていただきましたが、実はその授業には毎週「ディスカッション」という時間が設けられており、30分ほど5,6人のグループごとに実際の事故事例について話し合うということをします。今回は実際の授業で扱ったテーマと議論した内容について、具体例を挙げて紹介してみたいと思います。

みなさんはチャレンジャー事故というものをご存知でしょうか? 1986年1月28日、フロリダのケネディ宇宙センターからチャレンジャー号というスペースシャトルが発射するという計画がありました。このスペースシャトルの構造には、高圧ガスが外部に漏れるのを防ぐためにO-ringと呼ばれるゴムチューブが二本、円筒に巻き付けられていました。二本目は予備であり、本来は一本目できちんとガスを食い止めるべきなのですが、1985年1月24日に発射されたシャトルを回収した製造会社の技術者ボジョリー氏は1本目のO-ringが破断しており2本目で辛うじて食い止められていることに気が付きます。その発射が行われた日はフロリダでは珍しい12℃という低気温を記録した日であり、ボジョリー氏はゴムが低温で弾性を失ったのが破断の原因であろうと結論付けました。

もちろん、ボジョリー氏は社内上層部やシャトルの所持者であるNASAに対して、抜本的な対策を図るよう進言を行います。しかし、NASAは当時シャトル計画の予算削減の危機に瀕しており、早急に打ち上げを成功させなければならなかったため、ボジョリー氏の提案に耳を貸そうとしませんでした。そして、そのような状態が1年間も続きます。

そうしてチャレンジャー号打ち上げ前夜になり、NASAと製造会社の間で電話会議が行われました。打ち上げ当日の予想気温は、未曽有の大寒波によりなんとマイナス8℃になるといいます。もちろん製造会社側は用意した資料を使ってチャレンジャー号の発射を延期するようNASAに強く要求しましたが、NASAは決して首を縦には振ろうとはしませんでした。あまつさえ「4人の幹部だけの投票で決める」と宣言し、最後まで延期を主張していた技術担当副社長に対し「そろそろ技術者の帽子を脱いで経営者の帽子を被りたまえ」と強い圧力をかけます。製造会社は売り上げの半分以上をNASAに依存していたため、今後の契約を考えればこれ以上はNASAに反対することなどできません。結局、4人全員が発射に賛成する署名にサインし、チャレンジャー号の打ち上げは決定されました。

その結果、チャレンジャー号は発射73秒後に爆発を起こし、乗っていた7名の宇宙飛行士は全員死亡という大惨事が起こってしまいます……。

このようなケーススタディに対して「あなたが技術担当副社長なら最終的に発射同意書にサインをするかどうか?」「技術担当副社長は結果的に発射同意書にサインをすべきではなかったことになるが、どうすれば会議の場で全員を説得して発射を延期することができたのか?」について話し合います。この授業を担当している先生曰く「他大ではサインしないという方が多数派だが、阪大はサインしてしまうという意見が毎年多い。良くも悪くも現実的というのか、なかなか校風が出ているように思う」ということで、僕らのクラスでも「サインする派51人・サインしない派32人」と例年通りの結果になりました。する派の意見としては「個人の意思がNASAに逆らうことはどうやってもできそうにない」「正常性バイアス(事件や事故など何らかの被害が予想される状況下であっても、自分にとって都合の悪い情報を無視したり、自分は大丈夫だ、今回は大丈夫だと過小評価したりしてしまう人間の心理のこと)が働いてしまいそう」などがありました。一方、サインしない派の主張は「人命がかかっているので何としてでも発射を阻止しなければならない」「サインすることは間接的に宇宙飛行士を殺すことである」「技術者としての責務を全うしなければならない」などでした。

個人的には「絶対にサインはしない、するわけがない」という意見なので、サインをするというひとの方が多数派なのはかなり衝撃的だったのですが、みなさんはどう思われたでしょうか? なかなか考えさせられるテーマなんじゃないかなと僕は思います。「技術担当副社長は結果的に発射同意書にサインをすべきではなかったことになるが、どうすれば会議の場で全員を説得して発射を延期することができたのか?」についても、良ければ各々で考えてみてください。定まった答えは無いので、自由な発想で色々挙げてみましょう。

それでは、今回はこの辺で。See you again!

工学における安全と倫理(1):SCM, SCSE

author : A.Mizunoawa   [ 一般 ]
2018.04.27 Friday 11:00 | - | trackbacks(0) | 

みなさん、ご機嫌いかがお過ごしですか。応化4回生のA.Mizunoawaです。

4回生になると授業がほとんど無くなり基本的には研究室に通い詰めになる、という話は前回させてもらいましたが、ほとんど無いということは完全に無くはないわけで、今回はその数少ない4回生必修授業である「工学における安全と倫理」について紹介させていただこうと思います。

この授業では、技術者が技術者としてやっていくために必要不可欠な工学倫理という考え方を学んでいきます。たとえば「危険とはどういうものか」について考えてみます。普通、予見されうる事故を防止するためにある作業に対してはいくつかの防護策が施されているはずですが、これら一つひとつの防護策は何らかの抜け穴(それは潜在的原因による場合もあれば、即発的エラーによる場合もある)が生じていることがあります。ところどころ穴の開いた防護策、もとい防護柵が、何枚かドミノのように平行に並べられている様子をイメージしてみてください。そして、左端から右端まで、たまたま穴と穴の隙間を一直線でうまく潜り抜けられるルートが存在するとしましょう。そのような道筋が存在するときは、危険という光線が安全防護柵で遮蔽されることが無く、事故が起こってしまうわけです。このような考え方のことを、穴の開いた防護柵を穴開きチーズに見立てて「スイスチーズモデル」と言います。

次に、危険を徹底的に排除することの大切さを示す一例として、ディズニーパークの行動基準「SCSE」というものを挙げてみましょう。これはそれぞれSafety, Courtesy, Show, Efficiencyの頭文字であり、これが意味することはすなわち「効率は二の次でもなく三の次であり、もっとも重視されるべきはゲストの安全だ」というわけです。企業は決して効率至上主義に走ってはいけないのです。実際、今のご時世では「階段を上るだけでも必ず手すりを使用しなければならず、階段から転げ落ちようものなら始末書を書かされる」という企業も実は少なくありません。とにかく「安全第一、品質第二、生産第三」それが当たり前の世の中にもう既になっているのです。

それでは、今回はこの辺で。See you again!

研究室内部の様子について

author : A.Mizunoawa   [ 一般 ]
2018.04.18 Wednesday 11:00 | - | trackbacks(0) | 

みなさん、ご機嫌いかがお過ごしですか。大変、大変、大変ご無沙汰しております! 応化4回生のA.Mizunoawaです。実に半年強ぶりの更新になります。日々の勉強やバイトに追われていたら、いつの間にか更新が完全に滞ってしまい、気が付けば4回生になっていました。そんなことあるのか、と驚かれるかもしれませんが、大丈夫です、僕が一番驚いています(大丈夫ではない)。

みなさんご存知かとは思いますが、一般的に4回生になると研究室に配属され、今までの生活ががらりと変わります。3回生までは高校の延長という側面が強く、週1程度の頻度で実験こそあれ基本的には座学の割合が高いです。しかし、研究室に配属されると授業というものはほとんど無くなり、毎日まいにち自分の実験をするという日々が始まります。僕は現在、先輩方から研究実験という形で色々な実験器具・実験装置の使い方を教えてもらっているところなのですが、本当に憶えることが多くてものすごく大変です。しかし、今後は自分の頭で考えて実験を行っていく必要があるため、できるだけ早くそれらを使いこなせるようにならなければならないなぁと思っています。

研究室内部は大きく居室と実験室の二つに分かれています。実験室はイメージ通り、フラスコやビーカーが並べられていたりドラフトチャンバーがあったり白衣を着たひとが歩き回っていたりする空間なわけですが、それでは居室とは何なのでしょうか? 答えは、簡単に言えば全員の作業デスクが並ぶ場所です。一般的な会社の様子をイメージしてくれれば良いかと思います。一人一台ずつ自分専用の机が与えられ(資金が潤沢な研究室は、貸しPCなんかも……)、各人はそこで実験のデータをまとめたり論文を読んだりします。居室と実験室は完全に隔離されていて、居室内に実験器具や白衣やゴム手袋などを持ち込むことは固く禁止されています。何故なら、居室では自由に飲食をしても良いことになっているからです。お菓子もO.K.です。恐らく阪大内の研究室ならどこでもあると思うのですが、研究室内にお菓子ボックスが設置されていて、貯金箱に100円を入れればそこから一つお菓子を持っていっても良いというシステムがあります。中身は業者さんが定期的に補充しに来てくれます。さらに、僕の所属する研究室にはコーヒーメーカーがあって、1杯50円、1か月500円で飲み放題というカフェイン中毒者にはたまらない仕様もあるため、居室内は至れり尽くせりといった風情です。ちなみにこの文章も、自分のデスクでコーヒーを啜りながら書いています。

というわけで、書く場所を得て書かない口実を失ったA.Mizunoawaは、昨年度の怠慢を反省しつつ、今年度こそは毎月更新を心がけることをここに誓います。いるのかはわかりませんが、前回までの記事を熱心に読んでくれていた方、すみません。「熱力学」や「分析科学&分析化学実験」についての記事の続きは、追々アップして参ります。

それでは、今回はこの辺で。See you again!

分析科学&分析化学実験(2):吸光光度分析法・蛍光光度分析法

author : A.Mizunoawa   [ 一般 ]
2017.08.30 Wednesday 15:00 | - | trackbacks(0) | 

みなさん、ご機嫌いかがお過ごしですか。応化3回生のA.Mizunoawaです。

前回の記事では化学における分析法の概観を紹介しましたが、今回からの記事ではしばらく個別の分析手法について紹介していこうと思います。まずは吸光光度分析法・蛍光光度分析法から。

世の中には紫外線や可視光を吸収したり、吸収した後に発光したりする物質が存在します。

量子力学の説明で述べたように、分子のエネルギー状態は量子的、すなわちとびとびの値を取ります。普通の梯子は間隔が一定ですが、ここでは間隔がまばらな梯子をイメージしてください。地面に近いほどエネルギーは低く、天空に近いほどエネルギーは高いものとします。分子内にある電子は全てエネルギーを有していますが、そのエネルギーの大きさは梯子の足を掛ける部分と同じ高さにしか存在せず、中途半端に足掛けと足掛けの間の値などを取ることはできません。足掛けのことはエネルギー準位と呼びます。エネルギー準位は下から順に1s軌道、2s軌道、2p軌道(3つある)、3s軌道、3p軌道(3つある)、3d軌道(5つある)……と名付けられていて、1,2,3と名の付く軌道群が高校化学でいうところのK殻、L殻、M殻に対応しています。なお、複数あるエネルギー準位は全て同じ大きさになります。電子は原則としてエネルギーがもっとも低いエネルギー準位から順に収容されていき、1つの軌道につき電子は最大で2個入ります。つまり、Heなら2個の電子が1s軌道に収容されK殻で閉殻し安定、Neなら10個の電子が1s軌道から2p軌道までそれぞれ2個ずつ収容されL殻で閉殻し安定──となるわけです。これらは希ガスですから単原子分子として安定に存在できることにも納得できます。もしも原子が奇数個、たとえばHならば、1個の電子が1s軌道に収容されている状態になるわけですが、これは不安定なのでH原子が2つ集まりそれぞれのH原子の1s軌道が合体(結合という)します。2つの軌道が結合することで新しく生まれる軌道も同じく2つなのですが、1つはもともとのエネルギー準位よりも低位置にあり、もう一つは高位置にあります。それぞれを結合性軌道、反結合性軌道と呼ぶのですが、もともとH原子の1s軌道にあった電子は2つともこの低い方のエネルギー準位である結合性軌道に移動します。そうすることで結合性軌道には2つの電子が収容され閉殻となり安定になりますから、H原子2つよりもH2分子として存在していた方がより安定というわけです。実際、Hは通常二原子分子として存在しています。

このような前提を踏まえた上で、吸光光度分析法について簡単に説明します。ある分子において全ての電子がもっとも低いエネルギー準位に順番に詰まっていった状態、すなわちもっともエネルギー的に安定な状態を基底状態と言います。この状態から何らかのエネルギーが電子に与えられて電子がより高い位置のエネルギー準位に一時的に持ち上がった状態を励起状態と言います。この何らかのエネルギーというのが紫外線および可視光であり、基底状態から励起状態になるために電子が持ち上がったエネルギー準位間の差にあたるエネルギー量がこの光が持つエネルギー量と同じでなければいけません。光は電子が励起するためのエネルギーに使われるため、現象としては分子が光を吸収することになるわけです。

もちろん、励起状態は基底状態に比べて不安定ですからすぐに基底状態に戻るわけですが、電子が高いエネルギー準位から低いエネルギー準位に落ちてくるときに放出するエネルギーが光という形態をとっていればそれが「蛍光」という現象として現れてきます。しかしこれは必ずしも光という形で現れるわけではなく、熱として放出されることもあり、その場合には吸光は起こるが蛍光は起こらないということになります。

吸光光度法では試料に適当な波長の(つまり、適当なエネルギーの)単色光を透過させ、その透過率を調べることでどれくらい光の吸収が行われたかを知り(ランベルト・ベールの法則と呼ばれる式を使って計算する)、その割合を元に分子の構造を推測します。メリットは簡便で感度・精度ともに優れており再現性も良いことですが、可視・紫外部に吸収が無い物質は適当な呈色試薬が存在しない限り測定ができないというデメリットがあります。

一方で蛍光光度法は、蛍光の強度を測定することで物質の定量分析を行うことができます。吸光光度法よりも応用範囲は限られますが精度は1〜3桁ほど良く、非常に低濃度の物質の定量分析に用いられています。

上記の文章を読んだだけで電子の軌道のくだりを理解するのは高校生には恐らく難しいと思います。しかし、大学における化学を理解する上ではもっとも基本的な考え方の一つになりますので、興味がある方は自主的に調べて理解を深めてみてください。

それでは、今回はこの辺で。See you again!

 

分析科学&分析化学実験(1):光の波長とエネルギー

author : A.Mizunoawa   [ 一般 ]
2017.08.12 Saturday 10:00 | - | trackbacks(0) | 

みなさん、ご機嫌いかがお過ごしですか。応化3回生のA.Mizunoawaです。

つい先日、今セメスター最後の期末試験が終わって無事に夏休みを迎えることができました。最後の試験が台風の影響で急遽、次の日に延期になり、スケジュール変更を余儀なくされて大変だったのですが、なんとか試験そのものは受けることができました。……まあ、試験自体の手応えが良かったわけでは決してないのですが。

さて、今回のタイトルではカテゴリを「分析科学&分析化学実験」と二つの科目の合体にしていますが、これには理由があります。化学には物質の詳細を知るための分析法がいくつもあるのですが、そのような方法を実行するための装置の仕組みを座学として勉強するのが分析科学という授業であり、実際に装置を使ってみるのが分析化学実験と呼ばれる実習になります。2017年現在、これらはどちらも好札(3回生前期)の受講科目になります。ちなみに、分析科学は「科学」の表記で分析化学実験は「化学」の表記なのは、分析科学は物理や生物コースのひとも多く受講するような内容である一方、実験の方は化学コースのみが受講するものだからだと思われます(∵物理、化学、生物、数学∈科学)。

それでは具体的に分析科学では何を学んでいるのか、ですが、それを説明する前にまずは前提知識として光の波長とエネルギーの関係について復習しておきましょう。

光の正体は波なので光には波長があり、光はエネルギーの形態の一つなのでジュールとして数値化することができます。波長が小さくなればなるほどエネルギーは大きくなることは高校生のみなさんもご存知の方が多いでしょう。もしも実感が湧かないひとがいれば、このように考えてみてください。電波と呼ばれるものは、波長が長いもので数キロメートル、短いものでも数ミリメートル程度。その波長の大きさごとにAMラジオ・FMラジオ・テレビ放送・携帯電話・電子レンジ・衛星放送などに使い分けされていて、それらの電波は我々の周りを常に飛び交っている。それらは我々の身体に当たっても健康に被害が及ぶことは無いので、つまりエネルギーとしては決して大きいものではない。380nm~780nmは可視光と呼ばれ、人間が色として認識できる波長領域で、それよりも少し波長が大きいものを赤外線(=IR)、少し小さいものを紫外線(=UV)と呼ぶ。赤外線はこたつの光であるので人体に影響は無いものだが、紫外線は「太陽光からの紫外線がメラニンを生成させ……」と言われるように、肌に悪影響を及ぼす(注:メラニンそのものが黒いため結果としてしみや日焼けになるというだけで、メラニン自体が悪い物質なのではなく、メラニンの生成は一種の防衛機構です)。つまり赤外線よりも紫外線の方が強い──換言すれば波長が小さければ小さいほどエネルギーとしては大きくなる。さらに波長が0.01nm~10nmほどまで小さい光はX線と呼ばれ、レントゲンを撮るときに使われている。我々の身体を司っている骨と歯以外の物質は大概貫通するためX線でレントゲン写真が撮影できるわけだが、身体を貫通しているということはエネルギーが高く健康被害をもたらすため、レントゲンはそう何度も受けていいものではなく年間に受けられる回数は線量限度という形で規定されている。X線よりもさらに波長が小さいものはガンマ線と呼ばれ、これはいわゆる放射線の一種であり、原子力発電事故等のニュースで聞かれるように大変危険なものである。つまり、エネルギーとしてはとても高い。

このように、光の波長ごとにエネルギーは異なるため(エネルギーEはプランク定数をh、光の速度をc、波長をλとしてE=hc/λと表されます)、色々なエネルギーの光が存在すると言えるわけですが、このエネルギーの大きさを利用して分子の構造や質量を分析する方法を電磁波分析と言います。電磁波分析にはいくつかの種類があり、分子に電波を当てるものは核磁気共鳴分析法(通称「NMR」)、赤外線を照射するものは赤外吸収分析法(通称「IR」)、可視光領域付近の光を用いるものは吸光(&蛍光)光度分析法(通称「吸光」。そのため「今日の実験は吸光だね」と誰かが言うと「えっ、休講? やったぜ!」と一瞬だけぬか喜びしてしまうという悲しい事故が起こる)、そしてX線を使用するものが蛍光X線分析法(通称「X線」)と呼ばれています。

次回以降の記事では、これらNMR・IR・吸光分析・X線分析についてを紹介していこうと思います(途中で別のカテゴリの記事を挟む可能性はありますが……)。それが終われば電磁波分析以外の分析法として質量分析法やクロマトグラフィーも説明できればなと思っています。

それでは、今回はこの辺で。See you again!

熱力学(1):ファンデルワールスの状態方程式

author : A.Mizunoawa   [ 一般 ]
2017.07.24 Monday 23:00 | - | trackbacks(0) | 

みなさん、ご機嫌いかがお過ごしですか。応化3回生のA.Mizunoawaです。

突然ですが「高校で学習する内容は全てが真実とは限らない」と言われたら、あなたはどう思いますか。そんなことあるわけがない? そうでしょうか。たとえば振り子の周期の公式は、物理を履修している方ならT=2π(l/g)1/2であると記憶していることかと思いますが、これは厳密に言えば本当は少し違ったりします。正しくは

になるのですが、このような「厳密に言えば正しくない」ことが高校の学習内容には意外とあります(θを微小角に近似することでT=2π(l/g)1/2になるので、この公式が全くの嘘というわけではありません。あくまで「厳密な正解ではない」という話です。きちんとした教科書には「θは微小角とする」と注釈が付いているはずです)。その一例として、今日は熱力学方程式PV=nRTについて見ていこうと思います。

熱力学状態方程式はp=nRT/Vであることは高校でも学習すると思いますが、これはあくまで理想気体についてのみ成立する式です。実在気体でも成立するより厳密な式は

であり、これは1[mol]あたりの体積をVmとすれば、

と書くことができます。この式はファンデルワールスの状態方程式と呼ばれており、aとbはファンデルワールス係数と呼ばれる気体ごとに特有の温度に依存しないパラメータです。

aとbはそれぞれ「ファンデルワールス力」および「排除体積効果」に由来しています。つまり、理想気体では分子を体積の無い点だと単純化して考えていたのに対して、実在気体における分子は理想気体と異なり「厳密に言えば」大きさが存在するため、動ける範囲がVではなくてそれよりもいくらか小さい値になります。これをV−nbとしています。また、実在気体には「厳密に言えば」理想気体では考えてなかったファンデルワールス力(=分子間力)が働くので、分子の衝突の結果である圧力はいくらか引力により減少することが見込まれます。その値は分子のモル濃度の2乗に比例することが知られているので、a(n/V)2だけ引き算をするというわけです。

空気抵抗は実在するのに高校力学がそれを無視しているように、何事を考えるにしてもまずは単純化したモデルにおける場合を理解しないことには先へ進めません。高校の理科というのは総じてそういった単純な場合の議論が多いのだと、大学に入ってから少しずつ気が付き始めました。(大阪大学に限らず)将来大学に入って専門に進んだ際、高校の勉強からやり直さなくてはならないということがないように、高校生のみなさんは一つひとつ着実な理解を伴いながら自分の勉強を進めていってください。

それでは、今回はこの辺で。See you again!

数学解析(3):三角関数の親戚、双曲線関数

author : A.Mizunoawa   [ 一般 ]
2017.07.06 Thursday 19:00 | - | trackbacks(0) | 

みなさん、ご機嫌いかがお過ごしですか。応化3回生のA.Mizunoawaです。

7月ですね。早いもので2017年ももう半年が経ちました。蒸し暑い日が続いていますが、高校生のみなさんは暑さに負けず頑張って勉強しましょう。僕も今月末に期末試験があるので、そろそろ本気で勉強していこうと思います(大学の試験は分量的に、ひと月前くらいから準備しないと厳しいです)。

さて、今回の内容ですが、前回と同じくオイラーの公式が活躍するような話題を取り上げたいと思います。テーマはずばり、双曲線関数。高校生にはほとんど馴染みの無い関数だと思います。僕も大学に入ってから知ったのですが、この関数、なかなか面白い性質を備えていたります。

突然ですが、次の式をご覧ください。

sinh(α±β)=sinhαcoshβ±coshαsinhβ

cosh(α±β)=coshαcoshβ∓sinhαsinhβ

tanh(α+β)=(tanhα+tanhβ)/ (1+tanhαtanhβ)

「なんだ、単なる三角関数の加法定理じゃないか」そう思ったあなたは、残念! 不正解です。よーく見てください。sinやcosの後ろにhが付いていませんか? しかも、tanhの式はよく知るtanの式とは符号が若干違っています。

これらのsinhx, coshx, tanhxを合わせて双曲線関数と呼びます。双曲線関数は三角関数と対応していて、それぞれsin,cos,tanと似たような性質を示します。

(注釈:この段落は紙とペンで作図をしながら読むことを推奨します→)今、sinとcosの定義を「原点と(1,0)および単位円上の点Aによってできる扇形((1,0)と点Aを結ぶ線のみ弧を用いて、残りの各点は直線で結ぶ)の面積がθ/2であるとき、点Aを(cosθ,sinθ)とする」であるとしましょう。このとき、単位円の方程式はx2+y2=1ですが、これをx2−y2=1に置き換えた場合がそのまま双曲線関数の定義になります。すなわち「原点と(1,0)および単位円上の点A’によってできる図形((1,0)と点Aを結ぶ線のみ双曲線を用いて、残りの各点は直線で結ぶ)の面積がθ/2であるとき、点A’を(coshθ,sinhθ)とする」ということです。

便宜上sinhθ, coshθと書きましたが、双曲線関数は角度には対応していませんので、通常はsinhx, coshxと書きます。読み方はそれぞれハイパボリック・サイン(サイン・ハイパボリック)とハイパボリック・コサイン(コサイン・ハイパボリック)です。面倒臭い場合はシャインだとかコッシュだとか略したりもするそうです(でも、なんだか気恥ずかしいので僕にはそんな風に略す勇気などありませんが……)。

先ほどの定義をわかりやすく書き換えてやることで(計算は省略)、双曲線関数はそれぞれ

sinhx=(ex−e−x)/2……(式1)

coshx=(ex+e−x)/2……(式2)

tanhx=sinhx/coshx=(ex−e−x)/ (ex+e−x)……(式3)

というような式で表すことが可能になります。なお、これらの(式1)〜(式3)を用いて少し計算してやれば簡単にわかることですが、sin2x+cos2x=1のsinとcosをハイパボリックに変えた式は一般に成り立ちません(その代わりにcosh2x−sinh2x=1が常に成立します。x2+y2=1からsin2x+cos2x=1が来ていることを考えればこれは自明でしょう)。

さて、それではこの式と三角関数を比較してみることにしましょう。そのためには「sinx, cosxおよびtanxを指数のみで表す」必要がありますが、それはこれまで説明してきたオイラーの公式を用いれば容易です。解答を以下に示しますので、すぐに答えを見る前に自分で答えを出すことに挑戦してみてください。

[導出]

オイラーの式より

eix=cosx+isinx……(式4)

(式4)のxを−xに置き換えて

e−ix=cosx−isinx……(式5)

(式4)−(式5)を2で割って

sinx=(eix−e−ix)/2i……(式1’)

(式4)+(式5)を2で割って

cosx=(eix+e−ix)/2……(式2’)

(式1’) (式2’)より、

tanx=sinx/cosx=(eix−e−ix)/ (eix+e−ix)……(式3’)   以上で導出終わり。

さて、(式1) (式2) (式3)と(式1’) (式2’) (式3’)を比べてみると……虚数iの有無以外は全て同じ形を取っており、非常によく似た形だと言うことができます。これもまた、三角関数と双曲線関数が対応していると言われる所以のひとつになります。

ただし、ここまで三角関数と双曲線関数の代数的な類似性について議論してきたわけですが、グラフに関して言えば両者は全く似ていません。それどころかsinhxやcoshxはsinやcosのような周期性さえ持ちません(詳しい図はこちらを参照してください)。

ちなみにこれは余談になりますが、(式2)の右辺はいわゆるカテナリーと呼ばれる関数です。日本語では懸垂線で、2本の電柱の間に垂れる電線の方程式になります。数学靴龍飢塀颪任癲∪冓でグラフの曲線部の長さを求めてみる問題などで出てくるのではないでしょうか? カテナリーには二回微分をすればもとの関数に戻るという性質があり、その手の問題では計算が単純になるため好都合ですからね。

似ているのに、似ていない──双曲線関数は不思議な関数ですね。興味を持たれた方は、自分で一度調べてみてください。

それでは、今回はこの辺で。See you again!

数学解析(2):2階定係数線形同次微分方程式

author : A.Mizunoawa   [ 一般 ]
2017.06.21 Wednesday 18:00 | - | trackbacks(0) | 

みなさん、ご機嫌いかがお過ごしですか。応化3回生のA.Mizunoawaです。

前回の記事を投稿してから2週間が経過しましたが、その間にも3名の方が新しく記事の執筆者になられたようです。彼らの記事の初々しさを見るにつけ「ああ、僕にもこんな時期があったなぁ……」となかなか感慨深いです。いやまあ、入学したのはほんの数年前の話ではあるのですが。

さて、前回の記事ではオイラーの公式(と、オイラーの等式)について説明をしました。三角関数を指数に変えられる式についての話です。今回はその式が具体的にどのように役に立つのか、大学数学で学習する「微分方程式」というものを例にとって確認してみることにします。

微分方程式というものがあります。高校までで学習する方程式には式の中に微分が出てくることは基本的にはありませんでしたが(教科書によっては巻末に発展内容として少し紹介されているかもしれません)、大学に入って学習する式の中には微分や積分が含まれる方程式というものが存在します。これらはそれぞれ微分方程式・積分方程式という名前で呼ばれます(そのままですね)。これらの式の計算は、一概にこうすれば解けるというほど単純でもないのですが、ある決まった形の式に対しては一般解が知られています。

たとえばここに2階数線形微分方程式、すなわち

(D2+aD+b)x=0

と書ける式があるとしましょう。xは(値ではなく)tで表される何らかの関数です。そしてここでのDは微分演算子と言ってd/dtと同じ意味です。つまり上の式は

d2x/dt2+a(dx/dt)+bx=0

を表します。このとき、この式の一般解はDをλに置き換えた特性方程式

λ2+aλ+b=0

の解について

  1. 異なる2実解ならば、それらをαおよびβとしてx=C1exp(αt)+C2exp(βt)

  2. 重解ならば、それをαとしてx= (C1+C2t)exp(αt)

となることが知られています(ただしexp(y)=eyを表す)。

それではもし、特性方程式の判別式が負の場合、すなわち解が虚数解α±βiの場合はどうなるでしょうか? もしあなたが前回の記事を既にお読みの場合、その答えは既に自力で導き出すことができるはずです。以下に解答を示しますので、興味のある方は少し考えてみてください。

[導出]

異なる2実解の場合と同様に考えれば、解は

x=C1exp{(α+βi)t}+C2exp{(α−βi)t}

となり、これをオイラーの公式で書きかえれば

x=C1exp(αt)(cosβt+isinβt)+C2exp(αt)(cosβt−isinβt)

これを整理すれば

x=(C1+C2)exp(αt)(cosβt)+i(C1−C2)exp(αt)(sinβt)

C1とC2はそれぞれ定数なので、新しくC1+C2をC1とし、i(C1−C2)をC2としてやることで、次のような結論が得られる。

  1. 2つの虚数解をα±βiとして x= exp(αt)(C1 cosβt+C2sinβt)

それでは、今回はこの辺で。See you again!

数学解析(1):『博士の愛した数式』

author : A.Mizunoawa   [ 一般 ]
2017.06.05 Monday 17:30 | - | trackbacks(0) | 

みなさん、ご機嫌いかがお過ごしですか。応化3回生のA.Mizunoawaです。

しばらく前に「授業内容をダイジェストで記事にして載せていく予定」だと宣言しておきながら、しばらく勉強の話はノータッチになっていましたので、4ヶ月ぶりに授業の話をしようと思います。

今回のテーマは数学です。1回生の間は線形代数学(≒行列の勉強)と解析学(≒微分積分の勉強)がありますが、2回生になってからも選択科目として数学の授業はあります。授業の名称は「数学解析」と言って、線形代数学や解析学の知識を基礎としてより高度な大学数学を学習していきます。

今回の内容は授業で直接扱うものではないのですが、数学的にとても面白い話なので取り上げてみたいと思います。僕はとある塾でバイトをしているのですが、この話を高3生にしばしば雑談として語り聞かせてやるとほとんどのひとがその場でしっかり理解できますので、内容としてはそんなに難しい話ではないだろうと思います。ただし、数学靴鬚笋辰討い覆い燭瓩縫優ぅ團⊃eを知らない方は、e=2.71…となるような(π=3.14…のように、数学的に意味のある)無理数があるのだなというくらいの認識で読み進めていってください。

高校生のみなさんは、数学機Ν兇如峪鯵儡愎堯廚函峪愎堯廚諒拔はされていることかと思います。しかし、高校ではこれらの単元を別々に扱っていて、実はそれらに関連があることまでは学習しませんよね。大学の数学では「オイラーの公式」と呼ばれる以下の式を学習します(導出は大学に入ってすぐ学習するマクローリン展開を用いるのですが、ここでは省略します)。

e^(iθ)=cosθ+isinθ……(式1)

iは虚数単位、eはネイピア数で、角度はラジアンとしてください。この式を見ればわかると思いますが、左辺が指数、右辺が三角関数になっており、この式はなんと「三角関数」と「指数」をダイレクトに結び付けている式なんですね。さらにわかりやすくなるように、少し計算をしてみましょう。

この式においてiを-iにすると

e^(-iθ)=cosθ-isinθ……(式2)

となり、(式1)と(式2)の両辺を足して変形すれば

cosθ={e^(iθ)+e^(-iθ)}/2……(式3)

(式1)から (式2)の両辺を引いて変形すれば

sinθ={e^(iθ)-e^(-iθ)}/2……(式4)

となります。(式3)と(式4)を見てください。sinやcosが指数関数で表すことができていますよね。つまりこの式を用いることで、三角関数の難解な計算を指数関数に変換して解くことができます。実際、ラプラス変換や実数範囲の微分方程式にはこのオイラーの公式が活躍します。

ところでこの式、もう少しだけいじってみると、とある興味深い事実を導き出すことができます。

(式1)においてθ=πを代入してみてください。e^(πi)=cosπ+isinπですからe^(πi)=-1+0です。つまり、

e^(πi)+1=0……(式5)

と書けます。これは「オイラーの等式」と呼ばれているのですが、さて、この式に出てくる5つの数に注目してみましょう。

e……自然対数の底である、解析的な定数。

π……円周の長さと円の直径の比という、幾何的な定数。

i……複素数という概念において必要不可欠である、虚数単位。

1……有を表す原初の記号で、乗法における単位元。

0……無を表す原初の記号で、加法における単位元。

これらの、言ってみれば「もっとも基本的な数」が、こんなにもシンプルな式で結び付けられることは驚嘆に値すると思いませんか? 実にその通りで、天才物理学者のファインマンを筆頭に、世界中の数学者の多くがオイラーの等式を「数学における最も美しい定理」だと認めているのです。

数学って、難しいですけどその分奥が深くて面白いですよね。

それでは、今回はこの辺で。See you again!

車に乗る機会が来るまで待つよりも……

author : A.Mizunoawa   [ 一般 ]
2017.05.23 Tuesday 19:30 | - | trackbacks(0) | 

みなさん、ご機嫌いかがお過ごしですか。応化3回生のA.Mizunoawaです。

前回の記事の冒頭で少し車の運転についての話をしたので、今回は教習所について語りたいと思います。

僕が教習所に通ったのは1回生の秋ごろでした。豊中キャンパスの北にあるみのお教習所に通っていました。生協前などでもよく宣伝に来ているので阪大生の方は知っているかと思います。僕は利用したことがないのですが豊中キャンパスからバスの送迎が出ているらしく、アクセスはしやすいです。ちなみに徒歩なら片道20分程度です。

あの教習所には食堂が付いているのですが、入学してから卒業するまでの間、全てのメニューが無料になるという特典があります。詳しくはHPを見てもらったら良いのですが、カレーやパスタやエビピラフ、それにトースト・サンドイッチ(僕のおすすめです)などがあって、飲み物ならばコーラやコーヒーやミックスジュースにカルピスなど、まさに至れり尽くせりといった感じです。別に技能教習(運転の実技練習のこと)や学科(授業のこと)が無い日でもふらりと立ち寄ってご飯だけ食べて帰る、ということをしてもO.K.なので、特に下宿生の方の強い味方となってくれること請け合いです。

それではそろそろ本題の、免許の話をしましょう。現在大学生の方で、取ろうか取るまいか悩んでいる方は……是非、取ってください。確かにお金はかかりますが、社会人になるとどうしても車を運転しなければならない機会はかなりの確率でやってくるわけで、必要に迫られてから免許を取得するようでは遅いです。社会人になると思うように教習所に行く時間が取れない上に、卒業してからも乗りこなせるようになるまではしばらくかかります(最初の1年間は初心者マークの貼り付けが義務付けられている)。絶対に一生自動車を運転するつもりはない、というひと以外は時間がある今のうちに行っておきましょう。

続いて、ATかMTか悩んでいる方ですが──僕のおすすめはATです。僕なんかが言わなくても今どきは大抵の方がATを希望するらしいのですが、「大は小を兼ねるし」とか言ってMTに挑戦しひどく苦労する僕のようなひとがいないとも限りませんので、一言述べさせていただきます。MTの免許がどうしても欲しい方は、ATを取ってから後日限定解除をした方が無難です。最初からMTを選択すると運転中ずっと足元ばかりに気を取られて前方が不注意になりがちです。僕は教習所をなんとかMTで卒業できたものの、いまいちハンドル操作に自信が無くて卒業後1年間は怖くて運転することを渋っていました。1年後にふとしたきっかけでATの運転をしはじめることになるのですが、クラッチやこまめなギアチェンジ(いずれもMT特有の操作)が無いことのなんと楽なことか。運転ってこんなに簡単だったのかと、衝撃でした。そして、AT→MTの順でやっていればもっと効率的に習得できたに違いないと少し後悔しました。もっとも、昔はMTしかなかったというのだから先人は偉大なり、ですが(ゆとり代表みたいな発言ですね)。

それでは、今回はこの辺で。See you again!

ビスマス結晶、作ります。

author : A.Mizunoawa   [ 一般 ]
2017.05.17 Wednesday 18:30 | - | trackbacks(0) | 

みなさん、ご機嫌いかがお過ごしですか。大変ご無沙汰しています。数ヶ月更新しないうちに気が付くと3回生になっていました、応用化学コース所属のA.Mizunoawaでございます。

先日GWがありましたが、みなさんはいかがお過ごしだったでしょうか。僕はというと初心者マークを貼り付けて軽自動車を乗り回していました。上達するまでに何度か事故を起こしてしまうかな、とかなり心配だったのですが、幸いにも大きな災難無く運転が上手になりました。──とか言ってると慢心して事故を起こしてしまいそうなので「初心忘るべからず」ではありますが……。

ところで僕はGWに車の練習に加えてもうひとつ、自宅でとある実験をしました。今回はそのことについて書こうと思います。

みなさんは「ビスマス」をご存知でしょうか? 高校化学までの範囲で言うならば、ほとんど馴染みは無いかもしれません。原子番号83で元素記号Biで表される第十五族の卑金属元素──それがビスマスの正体です。和名を蒼鉛と言い、銀白色で柔らかく脆い金属なのですが、それを溶かして改めて人工的に結晶を作った際、とある特徴的な形と色をすることで有名です。

実際の写真を見てもらった方がわかりやすいでしょう。

Bi結晶1

Bi結晶2

これが、僕が自宅で作ったビスマスの結晶になります。「ビスマス結晶」で画像検索していただければもっと鮮やかで美しい形の写真がたくさん出てきますので、そちらもご参照ください。

カラフルな虹色のグラデーションは酸化膜が影響していて、結晶が冷える温度が場所ごとに異なるため酸化膜の厚さに差ができ、シャボン玉と全く同じ原理で光の干渉が起こるためこのように見えます。特徴的な形(=晶癖)は「骸晶」と呼ばれており、立方体の稜の部分が面の内側よりも優先的に生長するためにこうなります。

作り方も用意するものもとてもシンプルですので、興味がある方は「ビスマス結晶 作り方」で調べて実践してみてください。ただし、安全対策には細心の注意を。ガスコンロの火力で溶かせる程度にはビスマスの融点が低いとはいえ、液体のそれは300℃を超えています。撥ねていくらか手に付こうものなら、ものすごい水膨れができるそうです。ですから長袖と軍手は必ず着用してください。また、目に入ったら失明しますので、絶対に、安全眼鏡を装着してください。絶対です。何度でも言います。絶対です。大学に入ってからもそうですが、学生実験のときに安全眼鏡を付けていない生徒がいた場合はほぼ間違いなく教授に怒鳴られ、実験室から追い出されます。理系として実験をするなら最低限、守らなければならない約束のひとつです。小耳に挟んだ話によると、阪大応用化学コースの長い歴史の中でこれまでに3人の学生が実験によって失明しているそうです。自分は失敗しないだとか、すぐに済む実験だから問題無いだとか、眼鏡を付けると圧迫されて痛いだとか、そもそも持ってないから調達が面倒臭いだとか言わずに、絶対に、着用してください。それができないひとは実験なんてしてはいけません!

以上、ビスマス結晶の紹介でした。

それでは、今回はこの辺で。See you again!

試験当日の心構え

author : A.Mizunoawa   [ 一般 ]
2017.02.24 Friday 01:00 | - | trackbacks(0) | 

みなさん、ご機嫌いかがお過ごしですか。応化2回生のA.Mizunoawaです。明日は前期入試ですので、今回は試験当日の心構えについて僕なりにアドバイスできればと思います。

 

初めにしっかりと自覚しておいてほしいのですが「入試でどれだけの力を出せるか?」はわりと大切な要素です。

細かいことを無視して極論を言ってしまえば、これまでの数年間で100の知識を蓄えたひとが本番で緊張して50%の力しか出せなかった場合、80%の力を出した70程度の知識を蓄えた人間に点数では負けてしまうわけです。「これまでどれくらい頑張ってきたか」はもちろん大事なファクターではありますが、それと同等に「当日どれだけの力を出せるのか」もないがしろにはできません。

とはいえ、全力を尽くすにあたって何ら特別なことはしなくても大丈夫です。だって、あなたはいつも模擬試験では全力で挑んでいるわけですよね。だから、特別というよりも普段通りであればそれで良いわけです。……とはいえ、普段通りでいられないのが本番というものではありますが。

その理由はやはり、緊張するからだと思います。ほとんど誰もが本番では少なからず緊張するはずです。そのときに思い出してほしいのは「ほとんど誰もが本番では少なからず緊張する」というまさにその事実です。緊張でいつもより力が出せなくて不安になっているのは自分だけではないのです。自分だけがハンデを負っているというわけではないのです。受験生は誰もが同じ精神状態、同じ条件下にあります。むしろそのことを自覚できた分だけ、自覚できていないひとよりも有利になるとさえ言えます。だって「自分だけ緊張してしまっている」なんて考えている人間、どう頑張っても全力は出せそうもないでしょう?

それでもまだ自分の緊張がひどいようだと思ったら、自分の周りの受験生たちを落ち着いて観察してみましょう。自分よりもはるかにがちがちに緊張している子がきっとたくさん見つかるはずです。その子たちを客観的に眺めて落ち着きましょう。

もし全く緊張していないように見える人間がいても、あまり気にしなくても大丈夫です。何故なら、緊張するのは真剣だからであり、裏を返せば緊張していない者は真剣でないからです。かつて言及したことですが、いくらそのひとが学力に余裕があるひとだとしても、油断していれば普通に落ちます。要するに、緊張していないように見えるそのひとは落ちます。「──やったね! これでライバルがまたひとり減った、しかも自分よりも賢そうな兵(つわもの)が……」とか心の中でほくそ笑んじゃってください。

ここまでは緊張から遠ざかるための思考法について話しましたが、より具体的に、深呼吸をしてみるというのもおすすめです。別に適当を言っているわけではなくて、科学的にも深呼吸にはちゃんと緊張をほぐすための効果があることが認められています。緊張時とは交感神経が働いている状態ですから、それを深呼吸によって副交感神経優位に切り替えることができます。副交感神経は血管を拡張させ骨格筋を弛緩させる役割があるので、身体のリラックス状態を促してくれるというわけです。深呼吸をする際は「(1)鼻から吸って(2)数秒間息を止めて(3)ゆっくりと時間をかけて口から吐く」と良いようです。

 

それでは、今回はこの辺で。Good luck!

有機工業化学(1):地中に眠るお宝、石油

author : A.Mizunoawa   [ 一般 ]
2017.02.02 Thursday 13:00 | - | trackbacks(0) | 

みなさん、ご機嫌いかがお過ごしですか。ご無沙汰しています。応化2回生のA.Mizunoawaです。

今回は、有機工業化学という授業の内容を紹介します。有機工業化学を有り体に言えば「石油についての学問」なのですが、みなさんは石油と言われてどんなことをイメージしますか? もうすぐ枯渇しそうだとか(厳密に言えばこれは嘘なのですが……)、二酸化炭素が排出されて環境に良くないだとか、昨今はあまり良い印象を持たれていない石油ですが、そもそも石油は私たちの生活に無くてはならないものであり、石油無しには人間社会・人間生活などは到底語れない──それくらい重要なものなのです。

ここに掘り出した原油があるとしましょう。原油の成分は実に雑多です。炭素数が1のメタンもあれば20を超えるようなアルカンもありますし、一口にアルカンと言っても直鎖上のものと枝分かれのあるものに分かれます。また、アルケンやアルキンなどの不飽和炭化水素もあります。

掘り出した原油はまず、常圧蒸留によって炭素数ごとに分類されます。炭素数1~4のものは気体状なのでガス留分と呼ばれます。炭素数5以上は液体になりますが、炭素数5~12をガソリン留分、9~18を灯油留分、14~23を軽油留分と呼び、蒸留で残された油を残渣油と言います。ガソリン留分はさらに細かく軽質ナフサと重質ナフサに分類されます。

ガス留分はそのまま「LPG(Liquid petroleum gas, 液化石油ガス)」という名前でカセットコンロ用のガスなどに用いられています。軽質ナフサや重質ナフサは「ナフサ」と呼ばれる石油化学基礎原料を作るための材料になったり、「ガソリン」になって車を走らせるのに使われたりします。灯油留分は用途によって名称が変わり、飛行機用の燃料は「ジェット燃料」、ストーブの燃料は「灯油」と呼ばれます(これらは実は同じものなんですね!)。軽油留分はいわゆる「軽油」のことでディーゼルエンジン搭載の車や大型船の燃料になります。

残渣油は減圧蒸留を経て一部が「重油」になり船を動かしたり発電したりするために用いられ、減圧蒸留でもなお使い道のない残り滓は減圧残渣油と呼ばれます。しかし、この減圧残渣油が全く使えないのかというとそうではありません。これも脱れきし、脱れき油の抽出・脱ろうを行ってやることで「潤滑油」や「ワックス」になり、機械の歯車に差したり髪型を整えたりするのに使用されます。

では、減圧残渣油において脱れきしても溶けきらなかったものに関してはどうなるのでしょう。石油を絞りに絞り尽くして出た残り滓──流石にこれ以上の用途は無いのでは? いえいえ。何にも溶けないからこそ、これは「アスファルト」として道路を舗装するのに使われています。

上記の「かぎ括弧」で括ってある製品がいわゆる石油製品と言われるものです。石油という液体は、余すところなく全部が価値ある素材として用いられるまさに最高の資源というわけなのですね。

それでは、今回はこの辺で。See you again!

量子科学(4):量子力学はSF的サイエンス

author : A.Mizunoawa   [ 一般 ]
2017.01.09 Monday 16:00 | - | trackbacks(0) | 

新年明けましておめでとうございます。応化2回生のA.Mizunoawaです。

高3生はいよいよセンター試験まであと数日ですね。結果はどうあれ悔いの残らないよう、やれるだけのことをやって本番に挑んでください。でも、体調管理は怠らずに。いくら学力をつけたところで当日風邪をひいては全く意味がありませんからね。

さて、ということで新年早々でなんですが前回の記事の続きになります。未読の方はこちらから読み進めてください。

ここまでの話は全てミクロの世界の話なので、実感が湧きづらく「正しいのか間違っているのか」さえはっきりしないように感じられるかもしれません。しかし、もしこれがマクロの世界にまで拡張されたのなら明らかにおかしいのではないだろうか──そう考えたコペンハーゲン解釈反対論者がシュレディンガーであり、その主張がSF・オカルト界隈で激烈な知名度を誇る「シュレディンガーの猫のパラドックス」という思考実験です。

(ちなみにこれは完全な余談ですが、「量子力学といえばシュレディンガーの猫」という連想から、我らが電子の歌姫は「ねこみみは量子力学♪」と歌っているのだと個人的には思っています。その後の「宇宙は11次元」うんぬんというフレーズも、古典力学と量子力学を同じ枠組みによって記述しようと試みる「超弦理論」に関係するワードですね。……いやー、本当、ものすごく余談ですが)

まず、放射性ラジウムを箱に入れます。放射性測定器を青酸ガス発生機に接続し、猫と一緒に箱に入れて蓋をします。ラジウムが一定時間の間にアルファ崩壊して粒子を放出する可能性が50%だとすれば、青酸ガスが発生して猫が死亡する可能性もまた50%であり、反対に猫が生きたままである可能性も50%になります(注釈:繰り返しますがこれは「思考実験」であり、実際に行ったというわけではありませんのでご安心ください)。

ミクロな世界にあるラジウムという量子に対してコペンハーゲン解釈を適用するならば、マクロな世界にある猫もまたコペンハーゲン解釈的に考えることになるので、観測する前の箱の中身は生きている猫という可能性と死んでいる猫という可能性が半分ずつ混在していることになります。そして、箱を開けて中身を確認した瞬間、その可能性がいずれか一方に収束し、そこで初めて猫の生死が確定することになります。

常識的に考えれば、箱の中身を確認する前から猫は死んでいれば死んでいるのだろうし、生きていれば生きているのだろうと考えられますから、コペンハーゲン解釈は不自然ということになる、というわけです。猫という物体は古典力学のルールに則ったマクロな物体のはずですから「量子力学に固有の考え方であるはずのコペンハーゲン解釈を猫に適用する」のは間違っていることになるんですね。

このように、アインシュタインやシュレディンガー(シュレディンガーは量子力学の基礎である「シュレディンガー方程式」を考え出したひとでもあります)といった重鎮でさえ猛反発したコペンハーゲン解釈は、正しい考え方なのでしょうか? ……実は、その答えはいまだに良くわかっていません。この考え方がもっとも有力な説ではありますが、完全に正しいと断定することはできていないのが実情のようです。

ちなみに、SF的には(もしかしたらフィクションではなく現実なのかもしれませんが!)猫の生死が収束したのは他でもない人間の意識が観測したからだとする「意思説」や、人間もまたコペンハーゲン解釈の内にあって「生きた猫を観測する人間の可能性」と「死んだ猫を観測する人間の可能性」が重ね合わせの状態にあるのだとする「エヴェレット多世界解釈(厳密に言えばSFとして扱いやすいのは多世界というより平行世界ではありますが)」などに話が広がっていきます。タイムトラベル系の作品ではお馴染みの世界観ですね。

それでは、今回はこの辺で。See you again!

量子科学(3):確率論的解釈

author : A.Mizunoawa   [ 一般 ]
2016.11.19 Saturday 12:00 | - | trackbacks(0) | 

みなさん、ご機嫌いかがお過ごしですか。応化2回生のA.Mizunoawaです。

今回は、少しの前の記事の続きで「量子力学という概念について」の文章になります。未読の方はこちらから読み始めてください。

二重スリット実験についての考察をまとめます。

古典力学的に考えれば、粒子を二重スリットに通すと二本の線が生じ、波動を通すと干渉縞が生じる。今、粒子である電子を通した場合、生じたのは二本線ではなく干渉縞だった。故に電子は実際には波動なのかもしれないが、粒子としての性質を否定することはできないので(着弾「点」を作るということは、粒子であることは間違いない)粒子性と波動性を二重に持つと考えざるを得ない。

そこで次に、研究者たちは電子が照射されてから着弾するまでの過程について研究することになります。左右のスリットのどちら側に電子が通過したのかを確認するために、どちらかのスリットに電子を測定する機械を置くことにすると一体どうなるのでしょう。

その答えは、私たちの常識を超越したものでした。なんと「さっきまで出ていたはずの干渉縞がなくなり、スリットと同じ形の二本線が出てくる」のです。もう一度言います。「片側のスリットを観察しただけ」で、さっきまで出ていたはずの干渉縞がなくなってスリットと同じ形の二本線が出てきます。

どうしてこんなことが起こるかと言うと、それは「ハイゼンベルクの不確定性原理」というものがあるからです。数式で記述すると、プランク定数hを用いて「xp≧h/4π」となります。これの左辺は位置の測定誤差と運動量の測定誤差の積を表していて、この値が右辺に表されるある一定値より常に大きいということを意味します。すなわち、位置を正確に知りたければ運動量を正確に知ることは叶わず、その逆もまた然り、という非常に厄介な問題になります。これは量子力学に固有の現象です。つまり、投球されたボールの正確な位置と運動量を同時に知ることは可能だが、そのボールがミクロであれば不可能になるということになります。

要するに、スリットを電子が通過したかどうかを確認するためには電子に何かをぶつけて位置を知らなければならないため、電子の運動量が変化して結果も干渉縞から二本線へと変わるということです。

しかしこれでは単独の粒子が波動の性質である干渉縞を見せた「理由」を全く説明することができません。干渉縞ができるためには「単独の電子が、左右のスリットの両方に電子が通過」というありえない現象が起こらなければなりませんが、これをどのように説明すれば良いのでしょうか。

現在量子力学において主流となっているひとつの考え方に「コペンハーゲン解釈」というものがあります。どういう考え方かというと、物事が観測される前はその物事が取りうるあらゆる可能性が重なりあっている状態にあって、それが観測された瞬間、あるひとつの可能性が実現されるというものです。二重スリット実験に当てはめて考えれば、電子は左右どちらかのスリットを50%ずつの確率で通過したのではなく、「左のスリットを通過する電子という可能性」と「右のスリットを通過する電子という可能性」が共存していると考えます。これらの「可能性」同士が干渉しあって干渉縞ができると考えるのです。そして、私たちが電子の姿を確かめようと観測した瞬間、可能性の集まりがどれかひとつの可能性へと収束し、「左のスリットを通過した電子」か「右のスリットを通過した電子」のどちらか一方になってしまうというわけです。……不思議な考え方ですね。

この解釈は、今でこそ多くの学者から受け入れられているものの、発表された当時は反発の声が多かったそうです。前回の記事で説明した通り、光量子化説で量子論に貢献したアインシュタインでさえ、この解釈は不自然過ぎると主張しました。かの有名な「神は賽を振らない」という言葉は「不確定性原理はミクロな世界に対する人間の測定の限界を示すものであって、たとえ測定できなくても電子の位置は確定している」という意味です。

長いので、例のごとく次回に続きます。

それでは、今回はこの辺で。See you again!

お待ちかねのまちかね祭

author : A.Mizunoawa   [ 一般 ]
2016.11.09 Wednesday 17:00 | - | trackbacks(0) | 

みなさん、ご機嫌いかがお過ごしですか。応化2回生のA.Mizunoawaです。

つい先日、11月4日〜6日にかけてまちかね祭がありました。阪大では春に「いちょう祭」という学祭もあるのですが、そちらはどちらかと言えば新入生歓迎&サークル勧誘という色合いが強いのに対して、秋の「まちかね祭」は阪大生みんなで作ってみんなで楽しむ学祭といった雰囲気があります。阪大生はもちろん、その親御さん方や、他の大学の生徒、高校生なども遊びにやって来るので、ものすごい人数のお祭りになります。

もちろん僕もまちかね祭に参加し、さまざまな展示・模擬店・コンサート等を満喫しましたので、その中からいくつか印象に残っていることを書いてみたいと思います。

 

・バンド……僕の好きなバンドのコピーをやっていたので鑑賞しました。ギター・ベース・ドラム・ボーカル、いずれもほぼ完璧と言える完成度だったため感動、いや感激しました。時間の都合で3曲しかやってくれなかったのですが、本当はもっと聴いていたかったです。

・レゴ部の展示……レゴブロックと阪大生のイマジネーション、それらの可能性を改めて感じさせてくれる素晴らしい作品ばかりでした。本当になんでも作れるんですね。マチカネワニ(博士ではなく、実物寄りの方)が僕の中ではお気に入りです。

・餃子……餃子を販売していた某模擬店で「じゃんけんに勝つと無料!(ただし負けると餃子4つで400円のお支払い)」というものすごい博打をやっていたので、思い切ってじゃんけんしてみました。──結果は勝ちでした。お店側はそのとき負け越していたのか「しゃーない」「しゃーない」と互いに小声で慰め合っていました。……なんかすみません。でも、餃子は美味しかったです。ごちそうさまでした。

・ライブ……実行委員会主催のライブで、りっぴーこと飯田里穂さんがやってきました。朝から整理券を配っていて、定員は700人でしたがあっという間に締め切られたそうです。1時間という短い時間ながらも、8曲程度を披露してくれた上に面白いMCも聴けたので最高に楽しい時間を過ごすことができました。これで無料だというのだから、大学祭ってやっぱりすごいです。

・動画撮影……Youtube界隈で知るひとぞ知る、現在人気急上昇中の阪大基礎工学部Youtuberはなおさんが、模擬店のテントをひとつ借りて、食べ物売らずに動画を撮っていました。映ると困るので僕は遠巻きに眺めていただけなのですが、撮影終了後は高校生が一緒に写真を撮ってもらおうと列をなしていて、流石の人気っぷりでしたね。はなおさん、個人的に応援しているのでこれからも動画投稿頑張ってください。

・生協のグッズ販売……阪大公認のグッズで「単位スコップ」というものが売られていたので購入しました。金属製の小さなスコップに「単位」と書かれたマグネットがくっつく仕組みで、単位を掘り出したりうっかり落としてみたりして遊べます。元ネタは「京大は単位が空から降ってくる。神大は単位が地面に落ちている。阪大は単位が地面に埋まっている」とかいう、関西の3つの大学の単位の取得難易度を風刺した言葉です。公式がそれを敢えてネタにしてくるのには笑いを禁じ得ませんが、そういうセンス、僕は好きです。好感度が上がっちゃいますね。

 

この文章を読んでいる方で、今年まちかね祭に参加されなかった方は、是非とも来年度はお越しください。期待を裏切らない、最高に楽しいイベントになること請け合いですので。

それでは、今回はこの辺で。See you again!

量子科学(2):粒子性と波動性

author : A.Mizunoawa   [ 一般 ]
2016.10.18 Tuesday 14:00 | - | trackbacks(0) | 

みなさん、ご機嫌いかがお過ごしですか。応化2回生のA.Mizunoawaです。

先日、食堂でカレーを注文したときの話なのですが「辛いものと抱き合わせで甘いものも何か食べたいなー」ということでカニクリームコロッケを追加で購入したんですね。で、「DonDonのカレーはやっぱり辛ぇー」などとつまらないことを考えながら食事を進めていき、そろそろ口直しという段階でそのコロッケを口にしたんです。そしたら、なんと中からカレーが溢れだしてきたんですね。「あれ?」と思ってすぐにレシートを確認しました。そしてわかったんです。僕が購入した商品は、カニクリームコロッケじゃなくてカレークリームコロッケなる代物だったということに……!

……はい、というわけで(?)前回の続きになります。量子力学についてのお話ですね。前回の記事を未読の方はそちらを先にお読みください。

量子が粒子性と波動性の二重の性質を持つ、ということは、光が粒子であり波動でもあるという事実から演繹して考えられました。まず初めに、ホイヘンスの原理でお馴染みのホイヘンスによって光に波動性があることが提唱されましたが、それだけでは光の反射や屈折を充分に説明することができませんでした。そこでニュートン力学でお馴染みのニュートンが光の粒子性を提唱し、説明できなかったそれらの事象の説明に成功します。その後、ヤングの実験でお馴染みのヤングらによってホイヘンスの提唱した光の波動性が証明され、さらに(こちらは高校過程ではお馴染みではないかもしれませんが、大学に入ってすぐに学習するであろう)マクスウェルの方程式によって光が電磁波の電波であることが判明します。そして相対性理論でお馴染みのアインシュタインが光電効果を「光は粒子性を持つ」ことを前提に解釈したことで、光が粒子性と波動性の二重の性質を持つという考え方が受け入れられるようになっていきました。

(ちなみに余談ですが、アインシュタインがノーベル賞を受賞したのはこの光電効果の解釈に対してであって、相対性理論に対してではありません。ちょっと意外ですね)

ところで前回、電子も量子のひとつである、と言いました。ということは電子もまた粒子性と波動性の二重の性質を持つということになります。そして電子がそれらの性質を持っていることを示す証拠として「二重スリット実験」というものがあります。これは「世界でもっとも美しい実験」としてとある科学雑誌で選定されており、天才物理学者のファインマンをして「量子力学の神髄だ」と言わしめた驚異の実験です。

実験内容を簡潔に説明すれば、前述の「ヤングの実験」で光ではなく電子を使ったバージョンになります。まず、二本のスリットを用意します。スリットに向かってたくさんの球を投げ、それらを通過させるとしましょう。通過した球は反対側の壁に当たり、当たった点は記録されることとします。

スリットと球が、古典力学が適用される程度の大きさの場合(ピンポン球を、それが通る程度の小さな穴に通す場合など)は反対側の壁に記録される点の集まりはスリットと同じ二本の平行線になるはずです。

一方、同じスリットに波が通過した場合を考えると、ヤングの実験の結果として知られているように干渉縞が生じることになります。

それでは、スリットと球が、量子力学が適用される程度の大きさの場合、つまり球を電子として実験を行います。これが二重スリット実験です。

もちろん電子は粒子ですから、干渉されるのは二本の平行線……になるはずなのですが、着弾点の集合によって実際に描かれる図形は、なんと干渉縞です。つまり、粒子が波動性を持っているということになってしまいます。

しかし、勘の良いひとはここでこう考えるかもしれません。大量のビーズを集めるとそれらの集合が液体のように振る舞うように、電子がたくさん集まることで波動の性質を表しているのではないか、と。その仮定の是非を確認するためには、たくさんの電子を同時にスリットに撃ち込むのではなくて、1つずつ撃ち込めば良いと考えられます。つまり、電子を1つずつ撃ち込むことでその電子は他の電子と「干渉」することはなく、したがって「干渉」縞が生じることもないだろう、という理屈です。

そして、実際にその仮定に基づいて実験がなされました。1つずつ、複数回にわたって電子がスリットを通過し、できたのはスリットと同じ二本の平行線……ではなく、なんと、これもまた干渉縞だったのです──。

そう、この謎めいた実験結果こそが、量子力学がまっこと奇妙奇天烈で、それでいて面白いと言われる理由になります。

話はまだまだ続きますので、続きは次々回(次回は別のことを書く予定です)にさせていただきます。

それでは、今回はこの辺で。See you again!

量子科学(1):古典力学と量子力学

author : A.Mizunoawa   [ 一般 ]
2016.10.03 Monday 03:00 | - | trackbacks(0) | 

みなさん、ご機嫌いかがお過ごしですか。応化2回生のA.Mizunoawaです。

ラッキーなことに今年の10月は土日から始まっていたので、学部生は今日からようやっと後期の授業が始まります。8月の二週目あたりから休みだったので、ほとんど2か月間もの期間、夏休みだったことになりますね。大学生は小学生よりも呑気で自由です。

ところで、2年前期(轡札)を終えての振り返りがまだでした。この記事以降、しばらくの間は僕が轡札瓩納萋世靴深業についての概略をどんどん紹介していきたいと思います。全く授業とは関係無い記事も書きはしますが、献札畚了後も基本的には同じようにする予定です。

これまでいくつか専門の授業を受講した中で、僕が一番気に入っているのは「量子科学」という授業です。内容は非常に難解ではあるものの、学問としてのこれは最高に面白いと思います。授業では基本的な内容や計算関係を扱うことがほとんどだったのですが、量子力学の概念的な詳細について色々と趣味で調べてみたので、自分なりに咀嚼してまとめたものを以下に記します(誤謬があったらごめんなさい)。

そもそも、量子とは何でしょうか?

たとえば私たちが認識する巨視的なレベルでは、電流は1.0[A]や2.0[A]などだけでなく、1.5[A]や4/3[A]などどんな値でも取ることもできます。つまり、実数の範囲で連続です。

しかし、より細かく、微視的なサイズで物事を観察すると、そこには最小単位というものが存在しています。この物質量の最小単位が「量子」と呼ばれるものです。

要するに、テレビは巨視的に見れば映像、微視的に見れば画素であり、その画素を量子と名付けているというような感じになります。

(ちなみに余談ですが、もっとも初めにこの原子の考え方に思い至ったのは紀元前に「万物の根源はアトムだ」と主張した古代ギリシアの哲学者デモクリトスです。世界史や倫政で登場しますよね)

量子は、具体的には原子を構成している電子や陽子、中性子などを指します(陽子や中性子を構成するさらに細かい「素粒子」も量子に含まれます)。電気量が電気素量の整数倍になる、というのは電子が量子である、というのと同じ意味です。

このようにマクロな世界とミクロな世界ではものの捉え方が異なるのですが、それに伴ってある現象を的確に記述するための「力学」も異なります。マクロな次元で成立する力学は「古典力学(高校生が物理の授業で学習する力学のことです)」と呼ばれ、ミクロな次元で成立する力学は「量子力学」と呼ばれます。

量子力学は古典力学とは全く別の法則であるが故に、巨視的な古典力学が支配する世界のみを認識している私たちにとってはなかなかすぐには受け入れがたい衝撃的な内容となっています。

たとえば「全ての物質は粒子でもあり、波動でもある(粒子性と波動性の二重の性質を持つ)」という事実が知られています。どういうことかというと、私たちがこれまで粒子であると疑わなかったそれは実は波動でもあって、波動と疑わなかったそれは実は粒子でもある、ということです。

具体的には、質量m[kg]、速さv[m/s]の粒子を波として扱った場合の波長(ド・ブロイ波長と呼ばれる)λは、プランク定数hを用いてλ=h/mvと表されます。16[km/h]で走る体重50[kg]の人間の波長を計算すると{6.63×10^(-34)}/ {50×(16/3.6)}=2.98×10^(-36)[m]となりますね。

ここで「人間を波動とみなして意味はあるのか?」という疑問が浮かびます。確かに、人間の波長のオーダーは10^(-36)[m]とかなり小さいため、この値自体にはあまり物理学的な意味は無いと言えます。もとより「人間」のサイズはマクロなものであって、古典力学に対応するため、量子力学的なド・ブロイ波という考え方を導入したところでその値が意味を為さないのは当然と言えるでしょう。

しかしこれは反対に、量子力学スケールの小さなものに対してはド・ブロイ波が意味を持ってくる、ということになります(mを小さくすればλは大きくなりますよね)。つまり、このことが先述の「粒子性と波動性の二重の性質を持つ」ということに他なりません。

長くなりますので、続きは次回に持ち越したいと思います。

それでは、今回はこの辺で。See you again!

マイルームに参る

author : A.Mizunoawa   [ 一般 ]
2016.09.26 Monday 14:00 | - | trackbacks(0) | 

みなさん、ご機嫌いかがお過ごしですか。大変ご無沙汰しています。応化2回生のA.Mizunoawaです。

2年生になって最初の記事にて「吹田キャンパスは遠いからそのうち引っ越したい」という旨を綴らせてもらいましたが、この夏、親と相談してA.Mizunoawaは実際に引っ越すことになりました。今まさにその新居でこの文章を作成しています。

一人で暮らすことの大変さについては僕が述べずとも探せば色々と記述が見つかると思いますので、敢えてここでは書きません。その代わり今回は「マイルーム」について説明しようと思います。

http://www.handai-myroom.com/

マイルームとは生協組合が管轄している不動産屋のことで、各キャンパス周辺に特化して物件を紹介しているところです。他の不動産屋と比較しての強みは、大学に通う前提の立地にある物件を探しやすいこと、トラブルサポートが充実していること、入居までの各種手続きが楽なこと、それから、完全にマイルームのみでしか取り扱っていない「阪大生専用アパート」が存在していることです。僕が選んだアパートもこの阪大生専用で、全戸、阪大生しかいないそうです。個人的な感想ですが、通常のアパートよりもなんとなく居心地が良い感じがして素敵ですね。

来年度以降の新入生の方々、あるいは今後キャンパス移動をされる方々は、是非、マイルームを利用してみると良いのではないでしょうか。おすすめです。

それでは、今回はこの辺で。See you again!

universityというか、もはやcity

author : A.Mizunoawa   [ 一般 ]
2016.08.16 Tuesday 07:00 | - | trackbacks(0) | 

みなさん、ご機嫌いかがお過ごしですか。ご無沙汰しています。応化2回生のA.Mizunoawaです。

前回、吹田キャンパスには食堂がたくさんあるという記事を書きました。ひとつのキャンパスの中だけで食堂が10店以上ある、というお話です。それだけでも高校生のみなさんとしては大学の広さに驚嘆してくれそうではありますが、今回はさらに「大学は広い」という事実を実感してもらおうと思います。

<吹田キャンパスにある便利な施設>

・コンビニ (セブン-イレブン)

……高校に入学したての当初「自販機が置いている!?」と驚いていたあの頃の思い出が懐かしくなってきますね。ちょっと便利過ぎて、逆に困ってしまいそうです。ちなみに、学生がいない時間帯に開けても意味が無いので、平日の8:00〜21:00しかやっていません。今のご時世、24h営業じゃないコンビニも珍しい気がしますね。

・郵便局

……ゆうちょでお金を下ろすことはもちろん、切手を買ったり郵便物を送ったりすることができるれっきとした郵便局です。ちなみに、大手銀行のATMもこれとは別にキャンパス内に設置されているのでゆうちょ以外の方も安心です。

・床屋

……コンビニや郵便局などは、ごはんを食べたりお金をおろしたりするのに必要となることはあっても、大学にいて今すぐに髪を切らないといけないような状況というのはあまりないかもしれません。しかし、私たちはどういうわけか大学の外ではなく、中で髪を切るのです。それは横着ではなく、敢えての美学であり、学生としての謎の矜持なのです。──たぶん本当は安いからだと思いますが。

・学内保育所

……便利かどうかはさておき、キャンパス内の小道をたくさんの保育園児たちが保育士に連れだって歩いている光景を初めて目の当たりにしたときは、それはもう和みましたね。大学は基本的に誰でも立ち入れるので、最初、大学の外の保育所から散歩に来ているだけかとも思ったのですが、なんと大学内にあったと後々わかって個人的には驚きました。ちなみに、保育所は豊中キャンパスにもあるそうです。そして何故か吹田キャンパスには2箇所、あるそうです。どうしてなんだ。

寝床をどこにするのかはさておき、キャンパス内だけで暮らそうと思えば暮らせなくもないと思いませんか? ひともたくさん集まりますし、大学と言うのは1つの街のような存在なのではないかと、構内で日々を過ごしていて僕はときどき、考えます。

それでは、今回はこの辺で。See you again!

メインの食堂が無くなったショック度は大きい

author : A.Mizunoawa   [ 一般 ]
2016.07.19 Tuesday 03:00 | - | trackbacks(0) | 

みなさん、ご機嫌いかがお過ごしですか。大変ご無沙汰しています。応化2回生のA.Mizunoawaです。

この記事のひとつ前の方が「痩せすぎだからもっと食べなきゃ」と決意されている一方、そのもうひとつ前の記事で別の方が「食べ過ぎでびっくり」なんて風におっしゃっていますね。良くも悪くも夏は体重の管理が難しい季節です。夏痩せという言葉も夏太りという言葉もありますが、前者は「もともと痩せている→体力が無くて夏バテ→食欲不振→さらに痩せる」後者は「もともと肥えている→食欲は変わらず→しかし夏なので運動力は減る→さらに太る」という構図らしいです。富める者が富み、貧しい者が貧しくなる──ああ、これがいわゆるマタイの法則というやつですね! ……って、え? 私は化学が専門だから、そんなこと言われてもわからない? ああ、はいはい、わかりましたよ、同業者さん。ならばこう言い換えるとしましょうか。要するにマルコフニコフ則のようなものだ、ってね。

さて、というわけで本題に入ります。「食」に関連して今回はキャンパス内の食堂の話をさせてもらうとしましょう。

吹田キャンパスには食堂がたくさんありまして、鯨屋、ひだまり、さわらび、薬学部食堂、カフェテリア匠、kitchen BISYOKU、吹田DonDon、ミネルバ、ラ・シェーナ、クルール、ポプラ通り福利会館2F学生食堂──と、毎日違う食材が食べたいなんていう欲張りなあなたであっても日々の食事には事欠かないぞーっていうくらい食堂がたくさんあります。もちろん各食堂、メニューも豊富です。

工学部はおおよそ吹田キャンパスの西側が拠点ですので、我らが大衆食堂ないし大食堂として一番ひとが集まるのは、やっぱりファミール……でした、でしょうね。

……ん? でしたでしょうね? 何故そこで過去形?

とまあ、当然のごとくみなさん疑問を持つことでしょうが、今回僕が言及したい点もまさにそこになります。つまりどういうことかというと「工学部生御用達のファミールという素晴らしい食堂があったが、改修工事のために先月から閉店になってしまった」ということなのです! しょっく!

それでは食いっぱぐれた数多の学生がお腹を鳴らしながら右往左往漫ろ歩いているのかと問われれば、その答えはNOです。というのも、既に上述している「吹田DonDon」店というのがファミールの閉店に合わせて開店したのです。DonDonというのは豊中キャンパスにある、う”どん”と”どん”ぶりを主に扱うお店のことで、この度それの二号店が吹田キャンパスにオープンしました。一年次は豊中で頻繁にDonDonにお世話になっていた身として、これはかなり嬉しいことです。

ちなみにファミールの方も改修工事が終われば2017年1月頃からリニューアルオープンするそうなので、今後僕らの食生活環境はますます快適になるようです。

http://www.osaka-univ.coop/food/02_2.html

というわけで、食堂の紹介についての記事でした。

それでは、今回はこの辺で。See you again!

千里門くぐって、専門の世界へ

author : A.Mizunoawa   [ 一般 ]
2016.05.04 Wednesday 21:30 | - | trackbacks(0) | 

みなさん、ご機嫌いかがお過ごしですか。大変ご無沙汰しています。応自1回生……もとい、応自2回生、応用化学コース所属のA.Mizunoawaです。
 
新学期が始まり、キャンパスも豊中から吹田に移動、授業もほとんどが専門科目になってはや一か月──いやぁ、思ったよりも毎日が大変ですね、これは。個人的には通学路の一部が十三─石橋間から十三─北千里間に変更となったことによる通学時間の増加&通勤ラッシュの直撃が存外に響いており、来年度あたりから下宿に切り替えるのも手だなーと考えている次第です。下宿は下宿で、自炊やら洗濯やらお金のやりくりやらが大変そうではありますが……。
 
さて、それはともかくとして、今回は専門教育科目について記述したいと思います。
 
1年次では(単位を落とすなど特殊な事情が無い限り)共通教育系科目・専門基礎教育科目を全部取り終えて、2年および3年の2年間で専門教育科目というものを学習していきます。具体的には、たとえば応化なら「物理化学実験」「分析化学実験」「有機化学演習」「ゼミナール」など絶対に取らなければならない授業(=必須科目)がいくらかある他に、好きなものを取捨選択しても良いという授業群(=選択科目)があります。「数学解析」「熱力学」「量子科学」「高分子化学」「化学工学」「分光学」「生物有機化学」「物性論」など選択できる科目は多岐に渡りますが、実際のところ30強ある授業のうち最低20は取らないと卒業が難しい計算になっているので、好きなものを選ぶのではなく興味が無いものを選ばない、と言った方が適切なのかもしれません。ですから自分も含めて周りはみな、とりあえず今セメで開講している全ての授業を受けてみるというスタイルのひとが多いです。中には全休の曜日を作るために大胆な時間割を組んでいる人物、無きにしも非ずという話ですが……。
 
専門教育科目の教科書は、その多くが「マクマリー有機化学(上)(中)(下)」「アトキンス物理化学(上)(下)」「ハウスクロフト無機化学(上)(下)」という、黒くて格好良さげな本を使用するそうです。僕はそれらを含めた諸々の教科書を先月購入しましたが、合計で5万円ほどかかりました。高いですね。元を取る、というのも変な話かもしれませんが、高かったなりに2年間かけてきちんと記載されている知識を吸収しなくちゃなぁとつくづく思います。
 
それでは、今回はこの辺で。See you again!

 

定評ある評定を目指しませんか?

author : A.Mizunoawa   [ 一般 ]
2016.02.12 Friday 01:00 | - | trackbacks(0) | 

みなさん、ご機嫌いかがお過ごしですか。応自1回生のA.Mizunoawaです。

 

ここ二週間ほどは怒涛のテストラッシュで、性懲りも無く一夜漬けのための徹夜を毎晩と繰り返していたのですが、先日ようやく最後の試験が終了して今はのんびりと過ごしています。サークルやバイトの関係で個人差はあると思いますが、大学生というのは忙しすぎる時期と暇すぎる時期が極端だ、と言うのがこの一年を通しての僕の実感ですね。レポートやテストが重なると他には何も出来なくなるくらいとにかく忙しいですが、長期休暇に入ってしまえば、海外旅行でも何でも、やる気さえあるなら並大抵のことが出来る時間を得ることができます。もっとも、その時間をどこまで有意義に使えるかは本人次第ではありますが……。

 

と、それはさておき、今回の話題は大学のテストについてです。今回の期末試験を通していくつか僕なりに考えたことがあるので、ここに少しだけ意見を記したいと思います。どちらかと言えば大学を目指している方々よりも大学を運営する側に宛てているような内容にはなりますが、「阪大工学部の人たちはどんなことを考えているのか」ということで、そのあたりは大目に見ていただきたいです。

 

そもそも大学のテストと言うのは、教授が各生徒らの成績を決めるために課すものではありますが、その成績はその科目の単位の可否に関わるだけではなく、一部の学部・学科で進路やコースの振り分けをする際に考慮される要因になります。そのため、成績の付け方はできる限り平等であるのが望ましいと僕は考えます。

 

しかし実際は、その成績の付け方というのが完全に教授のさじ加減で、テストのみで評価する先生もおられる一方、テストを一切行わず出席やレポートを重視する先生などもいらっしゃいます。たとえ同じ教科であっても、教授ごとに問題が作成されているので隣のクラスと難易度が大きく違っていたり、あっちは持ち込み可でこっちは駄目、ということも少なくありません。あの先生は採点が辛い、反対にあの先生は単位が取りやすい、というような差異も実感として語り継がれたりする程度には、あるようです。

 

それって、少し不平等だとは思いませんか? それが大学なのだと言われればそうなのかもしれませんが、僕はそこに釈然としない何かを感じない訳にはいきません。

 

そこで僕は、このようなことを考えます。同一学部・同一学科における同一科目は、教授間で成績の付け方の基準を統一し、テストまたはレポート範囲と内容を同じにするべきではないか、と。そうすれば教授ごとに交代なりくじ引きなりをしてテストを作ることで問題作成側の負担が軽減されますし、同じ学科の面々でもクラスが違うので学習範囲・学習内容の深度にむらがあるという事態は避けられます。何より、成績順に希望進路を振り分けるというやり方の正当性が向上します。

 

もちろん、絶対に高校の定期考査スタイルにするべきだ、と主張しているわけではありません。上記の提案より適切な方法はいくらでもあるでしょうから、その場合は僕もそれを支持します。とにかく、生徒が授業の成績に理不尽を覚えない工夫が大学にはもっと必要だと僕は思います。大学教育の改善やファカルティ・ディベロップメントの推進が行われる以前の、適当極まりなかった(らしい)時代を鑑みればだいぶ改善はされているのでしょうが、それは異常が正常に戻ったというだけであって、更なる変革は重要になってくるのではないでしょうか。

 

大阪大学は比較的学生に「厳しい」大学である以上「厳密」な大学でもあるでしょうし、僕も随所でそのように感じる場面が多々あります。だからこそ、阪大が「真に平等な大学」の好例なプロトタイプになるべくより一層の活動をしていってほしいと願っています。

 

それでは、今回はこの辺で。See you again!

選択試験(センターしけん)

author : A.Mizunoawa   [ 一般 ]
2016.01.16 Saturday 21:00 | - | trackbacks(0) | 

みなさん、ご機嫌いかがお過ごしですか。応自1回生のA.Mizunoawaです。
 
本日センター試験を受験されたみなさま、お疲れさまでした。「あまりうまく実力を発揮できなかった」とか「想定以上に易化してくれて助かった」とか、色々と思うところはあるでしょうが、今、意識を向けるべきは明日の科目です。今日の手応えが芳しくなかったひとほど明日の試験では全力を出し切りにくいことかとは思いますが、そういうひとほど全力を尽くさねばならない状況にあるのだと自覚して、少しでも良い結果を残せるよう頑張りましょう。
 
前回の記事ではみなさんの気持ちを鼓舞するような話を書かせてもらいましたので、今回は直前ということもありますし、より実践的な話を少しだけ述べます。出るかどうかはわかりませんが、出たらラッキーくらいの気持ちで流し読んでもらえればと思います。
 
数学;2016について
・素因数分解すると2^5×3^2×7
ほとんどの素因数が2か3なので、2015(=5×13×31)や2017(素数)よりは簡単に判明しますが、万が一計算ミスをしたときにすぐ気が付けるように、今この場で一度目に焼き付けておきましょう。また、これに関連してユークリッドの互除法のやり方を各自教科書でおさらいしましょう。
・2016は三角数
 1+2+3+……+62+63=2016です。Σkの公式は憶えていますか? Σk^2やΣk^3も忘れているようなら見直してください。特にk^2はうろ憶えになりやすいです。そのくせわりとよく使うので、必ず記憶していてください。
 
今晩はもう早く寝られるという方も多いと思いますが、もしもこれから少しだけ勉強する予定のあるひとがいるなら、内容を上記のような暗記事項の確認に留め、あまり難しい問題には取り組まない方が良いです。一朝一夕(今晩と明日の朝)で根本的な学力はほとんど変化しませんし、わからない問題に出会ってしまうと闇雲に不安に駆られるだけですので、それよりは暗記事項を見返しておく方がよっぽど点数に直結します。
 
それでは受験生のみなさん、明日も頑張ってください。Good luck!

敬頌新禧! そして、警鐘を是と見なす新規な考え方について

author : A.Mizunoawa   [ 一般 ]
2016.01.02 Saturday 03:00 | - | trackbacks(0) | 

明けましておめでとうございます。応自1回生のA.Mizunoawaです。

 

みなさまは今頃、お正月休みをご家族やご親戚と一緒にゆっくり過ごしておいででしょうか。あるいは受験生の方(そして、このブログを読んでくださっているということで、特に阪大を志望校に考えてくれている方)は、受験勉強で忙しくされているかもしれません。ひとによってはセンターまであと二週間ということで、焦りに焦っている方もおられるでしょう。

 

でも、そういう方は安心してください。いや、安心してくださいと表現すると語弊がありますが、是非ともその調子で頑張っていただきたいと思います。

 

というのも昔、ある先生がこう仰ったのです。「受験が迫ってきているのに、全く焦らないような輩はまず負ける。たとえ成績が余裕だからこそ焦っていないにせよ、焦らなければそれは慢心だ。慢心すれば誰だって足元を掬われるときがあるのだから、そうやって誰かが空けてくれた席に、今頃になって焦りながら勉強して直前期で成績上げようとしているお前たちが滑り込めば良いんだ」と。

 

つまり、入試を目前にしての「焦り」という精神状態は決して間違いではありません(ただし、その言葉に仮託して「焦ること」を放棄するのは間違いです)。焦ることができているのならば、可能性はまだまだあります。たとえどんなに絶望的だと感じても、あなたが受験生であり、これまでに受験勉強をしてきていて、かつ受験当日にしっかりと会場に行ったのなら、受かる確率がゼロということはないはずです。反対に、受かる確率が100パーセントなんてひとだっていないのです。所詮、確率は確率。結果が出るまで、どうなるかは誰にもわからない。最後まで諦めない者が勝つというのは、つまりそういうことです。

 

以上、2016年、A.Mizunoawaによる受験生大激励会のコーナーでした。

 

今年もみなさまに幸多からんことを。

キャンパスメンバーズのいろは;キャンパスメンバーズでロハ

author : A.Mizunoawa   [ 一般 ]
2015.12.21 Monday 02:00 | - | trackbacks(0) | 

みなさん、ご機嫌いかがお過ごしですか。ご無沙汰しています。応自1回生のA.Mizunoawaです。

 

気が付けば12月も半ばを過ぎ、もうすぐ今年も終わりですね。今年の入学時のことを思い返せば今年はあっという間でしたが、特に今月は早く過ぎ去っていくように感じます。そういえば12月の旧暦は「師も慌ただしく走り回る」という意味で師走と言われていますが、これは不明瞭な語源の一説に過ぎず、「為すべきこと(あるいは仕事)を果つ」という意味での「為果つ・仕果つ(しはつ)」が訛ったものだという説などもあったりします。

 

それはさておき、年末です。今年の大阪大学の冬休みは天皇誕生日から三が日の最終日までと、通算で12日間の休みがあるわけなのですが、生憎と僕は予定が色々と入ってしまっていて年末の大掃除なんかもゆっくりできそうにありません。ですので、昨日一日かけて少し早い大掃除をやっていました。

 

今年一年で増大しまくった自室のエントロピーを正常値に戻す作業をしていると、思いもかけないものや、憶えのないものが出てきたりします。無くした消しゴムや将棋の駒、どこに嵌っていたのかわからない謎のねじ、見覚えのない無数のチラシ, etc.

 

もちろん一瞥して不要そうなチラシは全部ごみ箱行きになるのですが、ふと、ある一枚のプリントに僕は釘付けになりました。それは大阪大学に入学した際にもらった大量の書類の中の一枚で、題目には大きく「キャンパスメンバーズ」と書かれていました。

 

キャンパス、メンバーズ……? なになに。「大阪大学では、学生や教職員に文化や芸術、科学や歴史に広く自由に接する機会を提供するために、美術館や博物館等に無料で入場できるキャンパスメンバーズに加入しています」だって?

 

http://www.osaka-u.ac.jp/ja/campus/campus_members

 

そう、プリント管理能力があまりに残念なA.Mizunoawaは今更になって気が付いたことなのですが、実は大阪大学の学生は、上記URLに記載の施設を無料で利用することができるのです! ──すごいですね!

 

しかも対象となっている施設は、大阪内の有名な美術館・博物館が結構手広くカバーされているのみならず、奈良・京都の施設まで含まれているのだからもう太っ腹。

 

工学部なので科学はもちろんのこと、美術や世界史にも興味があるので、僕も近いうちにキャンパスメンバーズ制度を利用して上記の施設に行こうかと思っています。そのときには、それについてを記事にして改めてリポートさせてもらうことにしますね。

 

それでは、今回はこの辺で。See you again!

応自新入生必見情報!

author : A.Mizunoawa   [ 一般 ]
2015.11.30 Monday 23:30 | - | trackbacks(0) | 

みなさん、ご機嫌いかがお過ごしですか。応自1回生のA.Mizunoawaです。

 

さっそくですが、ここで問題です。以下の数字とアルファベットの組み合わせは一体何を表しているでしょうか?

 

S10 A13 B3 C2 F0 30

S2 A11 B8 C7 F0 120

S0 A8 B10 C10 F0 180

 

ヒントは、前々回(10/31掲載分)GPAについての記事にあります。……なんとなく部分的には理解できそうですか? そうですね、SやらAやらのアルファベットは恐らく単位を表しているような気がしますね。

 

それでは、横にある数字はなんでしょう。よく見ると、合計がどれも28になっています。ということは、ある括りにおける28つの授業の、ある三人の生徒の成績──と言う風には思えてきませんか? (誘導尋問)

 

ええ、そうです、おおよそ正解です。より正しく説明するとこれは、応用自然学科所属の1年生が履修する必要のある28の科目における、ある年の三人の生徒の成績です。ちなみにこの情報のソースは、その28つの授業の中のひとつである「先端科学教養」内でのとある先生の発言なので、信憑性は非常に高いです。

 

そして矢印の右側の数字は、勘が良い人はこれこそ誘導尋問せずともおわかりでしょうが、それぞれの成績の学年順位になります。一段目の成績でおおよそ30位、二段目の成績でおおよそ120位……ということです。

 

応用自然学科では二年生以降の「応用化学・応用生物・精密科学・応用物理」コースの配属が一年次の成績で決まるという話をいつぞやにしましたが、それはつまり、全生徒の人数と各コースの定員数から逆算すれば、上記の成績と成績順位が「おおよそどれくらい頑張れば自分の希望通りのコースに行けるか」という目星を付けるための貴重な情報足り得るということです。

 

僕の同級生──現行で応用自然1年生のひとたちにとっては「今更そんなこと言われても!」な情報かもしれませんが、2016年以降にこの記事を何かの拍子で目撃している応自1年の方は是非とも参考にしてみてください。

 

それでは、今回はこの辺で。See you again!
 

取り消し損ねたという事実を取り消すことはできない

author : A.Mizunoawa   [ 一般 ]
2015.11.15 Sunday 04:00 | - | trackbacks(0) | 

みなさん、ご機嫌いかがお過ごしですか。応自1回生のA.Mizunoawaです。今回は前回の記事に引き続き成績についてのお話をしたいと思います。

 

前回の記事を簡単にまとめると「単位を取得した・していないに関わらず、受講した全ての授業の成績の平均を表す数値の目安としてGPAというものがある」というような内容でした。大学を卒業するためには必要要件である単位さえ最終的にきちんと揃えていれば良く、その過程でどんなに再履修していても問題は無いのですが、落単した分だけGPAは下がってしまいます。将来使うことが無さそうな方は別にGPAに固執しなくても良いでしょうが、使う予定であったり使う余地があったりする方にとってみれば、GPAは少しでも高い方が好ましいのです。

 

それでは、こんなケースに直面した場合、あなたはどうしますか。

 

セメスター(学期)はじめに履修登録をした際、選択科目で自分が興味のある授業を選んだ。しかし何週間かその授業を受講してみて、自分が思っていたような内容の授業ではないことに気が付いた。単位は次回以降のセメスターで取れば良いので、この授業を受けるのをやめたい。しかし、履修登録期間はとうに終わっており、この授業の単位を諦めるとGPAに響いてしまう……。

 

授業に興味が無いという程度なら、そのまま15回程度の授業と期末テストを受けきって単位を取ってしまおうという方もおられるかと思いますが、興味が無いことに加えて実は教授がとても厳しい先生で、頑張っても単位を落とすかもしれないと気が付いた場合はどうでしょう。嫌々勉強して単位を取りにいきますか? 嫌々やっていて単位を取得できる保証はあるでしょうか。勉強しても単位を落としてしまうのでは、はじめから単位を諦めて勉強しなかったひとの方がまだ賢明だったということになりませんか。

 

そんなジレンマに陥ることが、大学生なら誰しも一度くらいあることでしょう。そんなときに思い出してほしいのが「履修取り消し期間」です。履修取り消し期間とはその名の通り、履修したけれど何らかの理由で単位を取得しないことにした科目の履修登録を取り消すことができる期間です。取り消した授業は成績を付けられることがなく、GPAに反映されることもありません。素晴らしいですね。

 

しかし注意せねばならないのは、履修取り消し期間は忘れた頃にやってくるということです。初回の授業が開始してから1月ほどが過ぎると、それはひっそりとやってきて、気が付けば終わっています。「全学共通教育 年間スケジュール」にも明記されており、期間が迫れば構内の掲示板でも告知はされますが、いかんせん地味です。関係があるひとにとっては大事なことでも、そもそも取り消し行為を行わない学生が大半なので、話題に上ることもありません。

 

今セメスターの履修取り消し期間は先週だったのですが、危うく僕も要らない授業を取り消し損ねるところでした。在学生のみなさんは是非、気を付けてください。この記事を読まれている高校生や中学生の方も、大学生になったら利用するかもしれない制度なので憶えておいて損は無いことかと思います。

 

それでは、今回はこの辺で。See you again!

頑張ってもぱっとは上がらない

author : A.Mizunoawa   [ 一般 ]
2015.10.31 Saturday 23:00 | - | trackbacks(0) | 

みなさん、ご機嫌いかがお過ごしですか。応自1回生のA.Mizunoawaです。今回は大学の成績評価の指標のひとつであるGPAについて説明したいと思います。

 

GPAとはGreat Point Averageの略であり、全ての教科における成績の平均を数値で表したものです。大阪大学では成績の評定を100点から90点でS, 89点から80点でA, 79点から70点でB, 69点から60点でC, 59点以下ではFすなわち単位無しとしていますが、この数字の幅は多くの大学で統一されています。たとえばSのことを「A+」や「秀」と言うなどの違いがあっても、実質的には同じことになります。

 

それを踏まえた上で、S, A, B, C, Fに相当するものをそれぞれ4, 3, 2, 1, 0として、全ての教科の値の合計を教科の数で割ったもの──すなわち平均──をGPAと呼びます。つまりGPA0以上 4以下で表される値ということになります。

 

大学が違っていたり、同じ大学でも違う学部だったりすると、そもそも100点中何点になるかという厳しさのレベルが異なるので、この値は基本的に同大学・同学部内での成績比較のときに用いるのが適当ですが、就職のときにGPAを提出する必要があったり、大学院留学の際の判断材料にされたりすることもあるようなので、日頃から気にかけておきたい数値ではあります。一度決まってしまった成績は変えようがないので、3回生や4回生になってから慌ててみてもGPAを大きく引き上げることはできませんからね。

 

この記事を読まれている高校生や中学生の方は、大学生になったら是非このことを思い出してみてください。

 

それでは、今回はこの辺で。See you again!

『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』

author : A.Mizunoawa   [ 一般 ]
2015.10.14 Wednesday 02:00 | - | trackbacks(0) | 

みなさん、ご機嫌いかがお過ごしですか。応自1回生のA.Mizunoawaです。既に投稿されている先輩方の記事を読まれた方はご存知かもしれませんが、先週アンドロイド研究の権威でいらっしゃいます石黒浩先生の講演会が大学内で行われました。僕も先生のお話を聞いてきましたので、他の記事とできるだけ内容が被らないように補足的にその講演会について書きたいと思います。

 

講演のタイトルは「学ぶことの意味とロボット研究 −人間とは何か、心とは何か−」でした。ここで注目したいのはサブタイトルです。普通ならロボットを研究している先生が講演でするのはロボットの話だけかと思われますが、今回のテーマは「ロボットと人間」なのです。

 

まず冒頭で石黒先生はひとの気持ちや命について語られました。「大人になるとはどういうことか? 大人は、本当はわかっていないのに思考停止をしてしまいがちだ。子供の頃の疑問がというのが最も大事なものである」「ひとの命には絶対的な意味での価値は無い。自分の価値を探すことが人生である。自分探しを通しての人間理解が大切だ」と言った話です。

 

そして次に「人間と動物の違いは技術の有無だ」と言う言葉を懸け橋にして、ようやくロボットの話が始まります。もちろんここに全部は書けないので、以下では僕が印象に残っている話をほんの一部だけ抜粋することにします。

 

・どうして人間型ロボットを使うようになるのか? それは、ひとの脳はひとを認識するようにできているから。ひとにとってもっとも関わりやすいインターフェイスはひとである。

・アンドロイドを人間らしくするために必要な動作は無意識的動作と反射的動作である。前者は身じろぎや癖のような動き、後者は呼びかけなどに対するレスポンスのことを言う。前者があることによって特にアンドロイドは本物の人間らしく見えるが、脳科学の専門から言わせればまだまだその動きは不自然である。

・人間が心を通わせることができるロボットというのは、意図や欲求を持つロボットである。相手の意図が汲める状態にあることで、一問一答形式を越える対話ができ、愛着を抱くようになる。

・デパートでの洋服売りをアンドロイドにさせる実験を行ったところ、アンドロイドはかなりの好成績を収めた。その理由として、ひとは機械を信用してしまうということが挙げられる。たとえば、コンビニ店員に渡されたお釣りの金額が正しいか確認するひとであっても、自販機から出た小銭は確認しないことが多い。

・ひとの想像を引き出すようなロボットを作る場合、モダリティは2つで充分である。たとえば「声と感触(ハグビー)」「見かけと感触」「匂いと感触」「匂いと声」があれば、人間は相手を容易に想像することができる。

 

石黒先生はほとんどの話で、ロボットの話をしているのと同時に人間の話をしていました。それはロボットを使うのが人間であり、またロボットが近づこうとしているのも人間だからだと僕は思います。石黒先生曰く「ロボットはひとを映し出す鏡」だそうで、そもそも先生は「人間とは何か?」を探求するために人間らしいロボットを作っているそうです。純粋にロボットだけが好きなひとは、ガンダムのようなものを作りたがるだろうとも仰っていました。人間でないものを通して人間を見つめる──そのための道具として、ロボットは確かにお誂え向きだろうと思います。

 

それでは、今回はこの辺で。See you again!

この結晶は努力の結晶

author : A.Mizunoawa   [ 一般 ]
2015.09.30 Wednesday 06:00 | - | trackbacks(0) | 

みなさん、ご機嫌いかがお過ごしですか。応自1回生のA.Mizunoawaです。今回は先日行われた「工学部1年次 学外(または学内)研修会」について書きたいと思います。

 

この研修会が毎年ある行事なのかはわかりませんが、今年に関していえば9/28~30のいずれかの日程で、キャンパス内の研究室訪問または大学外の民間工場等の見学がありました。これは希望制の選択式ではなく、割り当てられたクラスごとにどのようなスケジュールなのかは決まっていて、僕のクラスは応用化学科目の研究室訪問でした。恐らく、クラス担任が化学系の教授だからだと思います。

 

内容としては、二つの研究室にそれぞれ1時間ほどお邪魔し、教授・助教や院生方のお話を聞いたり、研究室内を見せてもらったりしました。院生生活はどれくらい忙しいのか、どんなことをするのか、就職状況はどうなのかなど、色々な内情を詳しく聞くことができました。

 

先輩方の話の中で特に印象に残っているのは、「研究生活で一番感動したことは何か?」という質問の答えに対して「綺麗な結晶が出来たとき」という返事をされた先輩が多かったことです。担任の先生が「こんなに結晶、結晶って言ってたら応用自然には変なひとが多いみたいに思えるかもしれないけど、応化に入ればこの喜びの意味がわかるようになりますから」などと半ば冗談気味に仰っていたのですが、この喜びは単純に結晶が綺麗であることに対する感動だけではなく、結晶を作る難しさ故の感動でもあるそうです。また、精度の高い結晶からは有益な情報がたくさん得られるので、これからの自分の研究が捗るという意味でも嬉しいそうです。

 

自分はいまだに化学・生物・物理・精密のどのコースに行くか迷っていますが、少なくとも訪問した二つの化学系の研究室に関してはここに入ってみたいと思えるほど、教授・助教も院生方もとても楽しそうにしていました。総じて、有意義な時間を過ごせたと思います。

 

それでは、今回はこの辺で。See you again!

始まってみたら末期的な試験

author : A.Mizunoawa   [ 一般 ]
2015.09.14 Monday 01:00 | - | trackbacks(0) | 

みなさん、ご機嫌いかがお過ごしですか。大変ご無沙汰しています。応自1回生のA.Mizunoawaです。先月は全くブログの記事を更新できませんでしたが、大丈夫です、僕はちゃんと元気にやっています。

 

他の方の記事を読んでいると、旅行・サークル・インターンシップ・ボランティアなどみなさん夏休みを有意義に過ごしていて、そのことを記事にしているひとが多いですが、僕はここ一か月ひたすら読書だけをしていたので特筆すべきことが無かったのが更新しなかった理由になります。

 

本を読むことで見識が広まり、想像力を逞しくすることができる上に、何よりとても楽しいので読書はとても有意義だとは思いますが、家に籠ってばかりも良くないなと最近になって気が付きました。今更ながら、もう少し積極的に予定を入れるべきだったと後悔しています。次の長期休みから改善しようと思います。

 

ところで、前々回の記事で初めての期末試験について書きましたが、憶えているでしょうか。いくつか御託を並べて、大学初回のテストから単位を落とす可能性を憂慮しまくっているあの残念な記事です。

 

その試験の結果が今月発表されたので、お知らせします。

 

落単──しませんでした! 良かったです、おめでとう自分! ありがとう自分!

 

……とはいえこちらの歓喜、結果論的な喜びには違いありません。というのも、テストが始まった直後の手応えは末期的に悪かったのが実情だからです。

 

ぎりぎり60点代というような教科は幸いありませんでしたが、そもそもが全力で挑んだテストだったので、はっきり言って僕自身もっと良い成績を期待していたという節がありました。しかし結果は押しなべて可も無く不可も無く、です。

 

一般教養の授業は既に二つほど余分に取得しているので単位的には今のところ全く問題無いのですが、いかんせんこちらの成績、応用自然科学の二年生からのコース配属の判断基準となるものなので実はとても重要です。平成28年度以降がどうなるのかはわからないので詳細は入学した際に配布されるプリントを見てもらわなければなりませんが、少なくとも今年に至っては、応化・応生・応物・精密のクラス分けは一年時の成績順に希望が採用されるということです。

 

つまり今の僕の成績は、とりあえずの再履修は回避できたが、来年から希望のコースに配属されない可能性があるということですね。大学のテストに対する力加減がわかったところで、後期の試験も気は抜けないようです。これからも頑張ります。

 

それでは、今回はこの辺で。See you again!

体育の"実技"レポート!?

author : A.Mizunoawa   [ 一般 ]
2015.07.26 Sunday 03:00 | - | trackbacks(0) | 

みなさん、ご機嫌いかがお過ごしですか。応自1回生のA.Mizunoawaです。今回はレポートについて少し話題にしてみたいと思います。
 
今年の春に入学した僕は、まだたった3か月の大学生活しか過ごしていないわけなのですが、この記事を書くにあたってこれまでに書き上げてきたレポートの本数を数えてみると、なんと既に2桁を超えていました。もちろん、次週までの宿題として課されるような1時間ほどで終わる軽めのレポートなどもわりと多いのですが、実験系のレポートは理論やら計算やらをきちんと記述せねばならないために結構しんどくて、自分は平均で10〜20時間くらいかかっていたりします。
 
ところで先日、それらのレポートの中にちょっと変わったレポートがありました。というのもそれは、体育で課されたレポートのなのですが──。
 
と、みなさん、今「体育のレポートって何ぞや?」とは思いませんでしたか。僕も体育でレポートが提示されたときに、そう思いました。
 
そのときは特定のスポーツや運動について調べてまとめるような感じなのかな、とも考えたのですが、実際に課された課題というのは全然違っていて「利き腕じゃない方の手を用いて、与えられた文章を鏡文字にしながら写経せよ」というおよそレポートらしからぬユニークなものでした。
 
とはいえ、もちろんこれにはちゃんと意味があります。
 
僕がとっている体育は卓球なのですが、その授業ではラケットの利き手持ちが禁止されています。ひとつには、ラケット操作の学習効果を体感するため。もうひとつには、左右の脳をバランスよく使うことで脳の機能が活発に働くようになり、記憶力や集中力にプラスの効果があるため、だそうです。
 
つまり、後者の理由に加えて、授業でどれだけ利き腕じゃない方の手を順応させることができたかの確認として、上記のレポートが課されたというわけですね。
 
ちなみに僕は、そのレポートの作成に10時間ほどを費やしました。文章量自体は文庫本見開き2ページほどなのですが、いかんせん、利き腕と反対の手で字を書くことがあまりに難しくて……。
 
みなさんもよろしければ、この記事の冒頭からここまでの文章を、利き腕じゃない方の手で鏡文字にしながら写してみてはいかがでしょう。──脳が活性化しますよ?
 
それでは、今回はこの辺で。See you again!

初めての期末試験

author : A.Mizunoawa   [ 一般 ]
2015.07.13 Monday 01:00 | - | trackbacks(0) | 

みなさん、ご機嫌いかがお過ごしですか。ご無沙汰しています。応自1回生のA.Mizunoawaです。前々回の記事から一般教養の授業について話題にしてきましたが、今回はそれを一旦お休みし、近況についてをお話したいと思います。
 
他の方々も最近の記事で話題にされていらっしゃいますが、阪大ではもうすぐ期末試験がやって参ります。一年生の僕は大学の期末試験は未経験なので、実は今から少し心配になっています。
 
その理由は三点あります。
 
まずひとつめには、個人的な問題ではありますが、前期のコマ数を多めに取りすぎたこと。昔の記事で単位の説明をさせてもらった際に「前期に週16コマ・後期に週14コマに加えて、前期と後期に好きな配分で週4コマを割り振」ればO.K. と書きましたが、かくいう自分は後で楽をした方が良いと考えて4コマ全てを前期に割り振りました。さらに、単位を落とした際の保険として1コマ余分に取っているので、序盤セメスターから21コマとわりとしんどいスケジュールになっています。平常授業はそれでも充分乗り切れますが、いざテストの段になるとこれがなかなか厳しいという……。たぶん、4コマを均等に割り振って卒なく単位を揃えてくる方の方が賢明だと思いますので、高校生の方は是非とも憶えておいてください。
 
次に、純粋に試験範囲が多くて、難しいこと。高校の定期考査ではいつも一夜漬けマスターになっていた自分ですが、もちろんそんなことは褒められた話でもないし、大学の試験はそれ以上に大変になりそうなので、今回僕は気を引き締めて早いうちから試験勉強を始めています。
 
そしてみっつめには、大学には「レポート」というものが存在していること。単位に必要な要件というのは授業ごとにまちまちで、出席点・授業態度なども鑑みて試験結果で判断してくれる先生もいれば、試験一発勝負、というのもある他に、レポート一本で単位の可否が決まるような授業もあったりします。そういう授業は一般教養くらいにしかないのかもしれませんが、この授業はレポートの出来具合だけで決まりますと言われたときは流石にびっくりしました。そしてそのレポートというものなのですが、想像以上に大変なものなのです。文章を書いてまとめるだけと言われればテスト勉強より断然易く思えるかもしれませんが、レポート作成の労力はテスト勉強にも負けずとも劣らぬ大変さだと思います。とにかく、時間と根気が必要です。
 
そんな試験勉強ですが、初っ端から単位を落としてしまうような真似をしないためにも、こつこつ頑張って勉強していきたいと思います。
 
それでは、今回はこの辺で。See you again!

※アクセントのアクセントは例外です

author : A.Mizunoawa   [ 一般 ]
2015.06.27 Saturday 23:00 | - | trackbacks(0) | 

みなさん、ご機嫌いかがお過ごしですか。応自1回生のA.Mizunoawaです。今回も前回に引き続き、教養教育科目の授業内容について実際の授業内容を少し紹介してみたいと思います。
 
今回のテーマは「アクセント」です。
 
そう言われて、みなさんは何を想像するでしょうか。「その言い方、アクセント変じゃない?」「料理のアクセントにバジルを添えてみよう」あるいは「アクセントカラーを意識したファッション」などでしょうか。
 
今回のアクセントというのは、上記の例では一番目のアクセントに当たります。つまり、日本語の音声学での「アクセント」についてです。
 
ではまず、音声におけるアクセントの定義とは何でしょう。……答えはこちらです。
──ある語(句・文)において特定の韻律要素が他よりも目立って聞こえるとき、その要素にはアクセントがあるという。
 
「は・し・が」と言うとき、「箸が」なら「高・高・低」、「橋が」なら「低・高・低」、「端が」なら「低・高・高」の音で発音しますよね。これがアクセントです。
 
私たちは会話の際、何気なく言葉にアクセントを付けて発していますが、実はそのアクセントの付け方には規則性が存在しています。講義ではその規則性について学んでいます。
 
たとえば、ほんの一例ですが、外来語の場合は概ね以下のような規則が当てはまります。
 
ヾ靄榲には後ろから三つめのモーラにアクセントを置く。
(注釈:モーラとは日本語を数える単位のことで、基本的には一文字で一モーラとし、伸ばし音と「ん」も一モーラとして数えますが、「きゃ」「しゅ」「にょ」などはそれぞれ一モーラで数えます。たとえば、俳句の三十一文字というのはモーラ数で三十一モーラという意味です)
後ろから三つめのモーラが伸ばし音、二重母音または「ん」の時は一つ左のモーラにアクセントを置く。
四モーラの語はアクセントを持たないことが多い。
ず埜紊離癲璽蕕伸ばし音か「ん」ならアクセントは最初のモーラに来る。

例を挙げてみます。
"カ"メラ, ス"ト"レス, クリ"ス"マス, インド"ネ"シア
▲"ウェ"ーデン, プ"ノ"ンペン, ト"ラ"イアル
プラズマ, アメリカ, マカロニ, パンドラ (すべてアクセント無し)
"エ"レジー, "デ"イリー, "ド"ラゴン, "ク"レソン

誰に教えてもらったわけでもないのに私たちは知らずこの規則を言葉に適用しているという事実は、本当に驚きに値することだと僕は思います。

みなさんも色々な単語で上の規則が当てはまっているか確認してみてください(ただし、掲載したのは大まかな規則であり、一部例外は存在します)。
 
それでは、今回はこの辺で。See you again!

サイコロのように気まぐれなひとの心を学問する、それがサイコロジー

author : A.Mizunoawa   [ 一般 ]
2015.06.07 Sunday 17:00 | - | trackbacks(0) | 

みなさん、ご機嫌いかがお過ごしですか。応自1回生のA.Mizunoawaです。今回は教養教育科目の授業内容について、実際にどんな授業が展開されているのかを内容をかい摘んで紹介したいと思います。
 
今回僕が取り上げたい科目はずばり「心理学」です。
 
心理学とは、いわゆる心の科学です。心理学を大きく分けると、実験・調査・観察等の経験に基づいて科学的に心の一般規則を探求する基礎心理学と、基礎心理学の成果を現実の問題に適応して解決を試みようとする応用心理学の二つに分かれます。みなさんが心理学と聞いてイメージするのは「カウンセリング」「消費者心理」「犯罪心理学」など、主に後者の方かもしれません。
 
一般教養の授業では、自分の専門以外で興味のあるトピックをいくつか選んで、そのさわりの部分を聴講することができます。将来的には自分にとって必須の知識ではないからと一般教養をなおざりにする方を時たま見かけますが、ある分野におけるプロフェッショナルのお話を直接聴講する機会なんて、考えてみればほとんど大学でしか無いわけで、とても貴重な体験だと僕は思っています。
 
授業では色々な話があったのですが、ここで全部を説明することはできないので、僕が特に面白いと感じた「類似性」について、ほんの少しだけ紹介してみたいと思います。
 

・類似性とは、似ている人を好きになりやすい傾向のことである。
 たとえば、相手が同じ出身地・出身校だと他の人より好意を感じやすい。その理由としては、1.心理的報酬を得るため。 2.共通項が多い人を好きになると得をすることが多いため。
・それではどうして類似性が魅力につながるのか、という質問の答えは「人は認知間の一貫性を求める」から。
 ここでの認知とは「目で見たり耳で聞いたりして感じたこと」で、認知の一貫性を求めるとは「全ての認知をできるだけバランスの取れた状態にしようとする」こと。それを表す理論にHeiderの「バランス理論」というものがある。
・バランス理論について
 自分をP, 相手をO, 対象物をXとする。STのことを好きなら「+」とし、嫌いなら「−」とする。(S, T)の組み合わせは(P, O) (O, X) (P, X)の三通りとして、これら三つの符号の積を取ったとき、それが正なら全体は「一貫性のある関係」で、負なら「一貫性の無い関係」となる。人間は、一貫性のある関係を好むので、一貫性が無い場合はいずれかの組み合わせにおける正負を変えることでバランスを取ろうとする。

 
この「バランス理論」というのが、講義の中で僕が特に興味を覚えた部分です。実例を引いて説明してみます。
 

(a)POが+」「OXが+」「PXが+」のとき(一貫性あり)
 自分はあのミュージシャンが好き。知り合いもあのミュージシャンが好きだった。それを知って、知り合いのことがますます好きになった。
(b) POが+」「OXが+」「PXが−」のとき(一貫性無し)
 自分は彼のことが好き。そして彼はあの小説家の大ファン。自分はあの小説家があまり好みではないけれど、彼が好きだと言うのなら、もう少し他の作品を読んでみてもいいと思えてきた。
(c) POが−」「OXが+」「PXが+」のとき(一貫性無し)
 自分は坊主が嫌いで、坊主は好んで袈裟を着ている。それだけの理由から「坊主憎けりゃ袈裟まで憎」くなる。

 
組み合わせは全部で2^38[通り]あるので、他の5通りについてもみなさんの方で考えてみてください。たぶん「おお、全部規則通りだ、すごい!」と感動することかと思います。
 
それでは、今回はこの辺で。See you again!

時間割を実感しよう

author : A.Mizunoawa   [ 一般 ]
2015.05.18 Monday 20:00 | - | trackbacks(0) | 

みなさん、ご機嫌いかがお過ごしですか。応自1回生のA.Mizunoawaです。今回は、大学の授業がどのように展開されているかについて話したいと思います。
 
大学は高校と違い、自分で授業を選択して「単位」というものを習得していくというのは聞いたことがあるかもしれませんが、それが具体的にどういう制度なのかはいまいち把握できていないという方も多いかと思いますので、それを説明していきます。
 
大阪大学の授業には、大きく分けて「教養教育科目」「言語・情報教育科目」「専門基礎教育科目」「専門教育科目」および「その他の科目」があります。さらに「教養教育科目」には「基礎教養」「現代教養」「先端教養」「国際教養」、「言語・情報教育科目」には「第一外国語」「第二外国語」「情報処理教育」といったより細かい区分があります。「その他の科目」というのは、「スポーツ実習(いわゆる保健体育)」や「基礎セミナー(少人数で行われる対話型の特別授業)」などです。
 
これらそれぞれの区分ごとに必要な単位数が決められており、これはすなわちその区分を週にどれだけ受講する必要があるかというのが決められているということです。
 
さらに、ここでひとつ注意しなければいけないことがあります。工学部の場合は2年になると豊中キャンパスから吹田キャンパスへ移動しなければいけないのですが、吹田では「教養教育科目(その他の科目を含む)」は開講されていないため、これらの区分は1年の間に取らなければいけないことになります。
 
……なんだか複雑で、わかりにくくなってきましたね。ならば、実例を引いて具体的に説明していくことにしましょう。以下をご覧ください。
 
〈工学部生が一回生のうちに受講しなければいけない授業(H27)〉
*基礎教養1(文系の基礎教養)……前期および後期のいずれかで週1コマ。
*基礎教養3(理系の基礎教養)……前期および後期のいずれかで週1コマ。
*現代教養……前期および後期のいずれかで週1コマ。
*先端教養……無し。
*国際教養1……無し。
国際教養2(内容は事実上の第二外国語だが、以下に示す第二外国語とは別で必要)……前期および後期のそれぞれで週1コマ。
第一外国語(特別な事情が無い限り英語)……「実践英語」と「*大学英語」がある。いずれも、前期および後期のそれぞれで週1コマ。
第二外国語(特別な事情が無い限り中・仏・独・露のいずれか)……前期および後期のそれぞれで週1コマ。
情報処理……前期に週1コマ。
スポーツ実習……前期および後期のそれぞれで週1コマ。
その他……「先端教養」「国際教養1」「*基礎セミナー」あるいは必要要件を超え
て履修した「基礎教養」「現代教養」などの中から、前期および後期のいずれかで週1コマ。
専門基礎(学科ごとに異なる。ここでは、応自の場合を挙げている)……「解析学・数学演習」「線形代数学」「力学」「電磁気学」「物理学実験」「化学概論」「化学実験」「生物科学概論」が指定されており、累計では前期に週9コマ、後期に週8コマ。
専門教育……「先端科学序論」が前期および後期のそれぞれで週1コマ。
※1コマは90分の授業を指しています。
※上記のうち「*」を付けている科目が選択式で、講師・時間・授業内容を選ぶことができます。それ以外は講師・時間ともに指定されている科目です。
※上記の範囲を超えて履修する分には問題ありません。
※卒業要件は単位で表現されますが、ここではわかりやすいように単位数ではなくコマ数で表現しています。おおよその授業では「1コマ=1単位または2単位」ですが、「物理学実験」「化学実験」など「3コマ=2単位」といった授業も存在しています。
 
つまり、応自の場合は「前期に週16コマ・後期に週14コマに加えて、前期と後期に好きな配分で週4コマを割り振る」ということになります。なお、専門基礎の内容は異なりますが、環エネはこれと全く同じコマ数、その他の学科はこれより若干多くのコマ数を履修する必要があるようです。
 
これらの単位を1年の間に無事修得すれば、2年生進級時には吹田キャンパスへと移動し、2年次・3年次で専門教育科目を学んでいくことになります。また、4年次には主に卒論の作成を行います。
 
……と、ここまでできるだけ簡潔に説明してきたつもりですが、もともとのシステムがややこしいために、もしかすると全容を把握するのは難しかったかもしれません。とはいえ、なんとなくでも内容を理解していただけたというのならば幸いです。
 
次回は、教養教育科目の授業内容について、僕が実際に履修している講義を一例に取り上げて紹介したいと思います。
 
それでは、今回はこの辺で。See you again!

チラシ散らしてサークル勧誘

author : A.Mizunoawa   [ 一般 ]
2015.05.02 Saturday 00:00 | - | trackbacks(0) | 

はじめまして、こんにちは。今年の春、大阪大学工学部応用自然科学科の1回生になりましたA.Mizunoawaです。今回からこのブログの執筆を担当することになりました。よろしくお願いします。

このブログを読んでいるのは主に、阪大工学部を受験の候補として考えてくれている高校生・高卒生の方々だと思いますが、僕自身もみなさんと同様に、入学前には「阪大工学部の散歩道」を参考にしてきた身です。それ故に、このブログには少なからぬ思い入れがあり、今度は自分が未来の阪大工学部生たちのために記事が書けるということを、とても嬉しく光栄に思っています。

広々とした敷地、高校とは違う授業形態、活気溢れるサークルや部活動……。全国津々浦々からやってきている友達、多種多様な国籍の留学生、自分の知らない世界を教えてくれる教授たち……。

キャンパスライフ独特のこの熱気を、少しでも多くみなさんに伝えられたらいいなと願います。

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さっそくですが、まずはサークルオリエンテーションの話をしようと思います。

サークルオリエンテーション──略してサーオリとは、大学公認の約130あるサークル・部活が一斉に新入生の勧誘を行うという一大イベントです。大学非公認のサークルなどもあるようなので、実態はもっと多いと思います。

一歩歩めば手には二枚、という話もあるくらい、とにかく先輩方がチラシやらブローシャやらを配りまくるこのイベント。ものすごい数のひとたちが新入生を部に引き込まんと気合を入れており、非常に活気溢れる催しとなっています。

サーオリは大学に入学してからすぐにある行事なので、新入生にとっては一種の入学歓迎会でもあり、興味があるサークルや部活はもちろんのこと、興味のない活動を見学してみるだけでもとても楽しい一日になると思います。

僕も、落語研究会、弓道部、合気道部、アカペラサークル、ボランティアサークル、などなど、手を引かれるままに色々な部活とサークルの見学をすることができました。

みなさんも、阪大に入学した暁には是非サーオリでの熱烈歓迎を体感してみてください。

それでは、今回はこの辺で。See you again!