阪大工学部の散歩道へようこそ!

このブログは、正真正銘の阪大工学部の教職員・学生が記事を投稿しているページです。
このブログを通じて、阪大工学部では毎日どんな事が起こっているのか、阪大工学部の人たちはどんな事を考えているのか、など「生の阪大工学部」を知って頂きたいと思っています。
ご投稿、コメントをお考えの方はお手数ですが、下記のアドレスまで投稿内容を送信してください。
まだまだ成長途中のブログですので、みなさまの暖かいご声援をお待ちしております。
記事・コメント投稿、要望などはこちらのアドレスまで
→ sanpo@eng.osaka-u(最後に.ac.jpをつける)

大阪大学 工学部/大学院工学研究科についてより詳しい情報を
お求めの方は、公式サイトや facebook、Instagram、Twitterを
ご参照下さい。

[教職]教育社会・制度学(2):親の七光り以外で我々が輝くチャンスを

author : A.Mizunoawa   [ 一般 ]
2019.07.30 Tuesday 23:00 | - | trackbacks(0) | 

みなさん、ご機嫌いかがお過ごしですか。工学研究科生命先端工学専攻M1のA.Mizunoawaです。

今回の記事はこちらの前回記事を読んだ人向けになります。

子供の学力は“たとえ機会の平等性が担保されていたとしても”格差が生じ不平等な結果を生むことになってしまうことが多いです。例を挙げると、社会階層に依らず全員が同じカリキュラムの教育を受けられたとしても階層によって学力に違いが生まれてしまったり、教育の質が異なる裕福な地域と貧しい地域に対して税金の補助を行うことで同様の教育の質を保ったとしても地域によって学力や進学率に差が生まれてしまったりするというようなことがありえます。このように、親世代から子世代にかけて同じような社会階級が馬内度作り直されてしまうという考え方を「再生産モデル」と言います。一方、私たちが理想とする社会は《能力に基づく公正な選抜》によって与えられる平等な機会によって親と子の社会階級に相関が無くなるような社会ですが、このことを「メリトクラシーモデル」と呼びます。

それでは何故、機会の平等性が担保されていても子供の能力は社会階層に依存してしまうのでしょうか。学力の再生産が起こる原理をイギリスの社会学者ブラウンの提唱したペアレントクラシーに基づき説明してみましょう。教育が市場化され教育機会が購入できるようになった社会においては、「子供の能力や努力がベースとなるメリトクラシー」は「親の富や願望がベースとなるペアレントクラシー」にすげ替えられてしまいます。教育の仕組み自体が「塾や習い事に通わせた方が有利」であるから教育費にかけるための金銭的な余裕がある世帯が学力向上には有利ですし、いわゆるお受験などは親の希望が無ければそもそも実現されることは無いからです。実際、2007年の耳塚氏の調査によれば保護者の学歴・収入が高いほど子供への学校外教育支出と学習時間は高まるという傾向があります。

ここからは僕個人の所感ですが、低学力に留まっている子供たちに対する支援で教師側ができることは「勉強に対するモチベーションを生徒に与えること」に尽きるのではないかと思います。実際にペアレントクラシーによって再生産が行われていたとしても貧しい家庭の生徒の塾代を教師が直接肩代わりしてやることなどできないことを鑑みれば、教師は子供たちが自主的に勉強するように仕向けてやるくらいしか彼らにしてやれることは無いのではないでしょうか。彼らに対して「勉強したらこんな良いことがありますよ」ということを、せめて裕福な生まれの子供たちが自身を取り巻く環境から漠然と感じているのと同程度、伝えてやるのが良いと思います(勉強の意義を正しく伝えてやるのは大変な労力を要することですが……)。生徒のやる気のみで貧富の差から生まれる不平等性を完全にカバーすることは難しいかもしれませんが、教師の一言が生徒のモチベーションを向上させ、ひいては彼らの将来を大きく変える可能性は充分にあるのではないだろうかと僕は信じています。

それでは、今回はこの辺で。See you again!

<< [教職]教育社会・制度学(1):子供たちが抱えている問題 | main | 言霊 >>