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[教職]教育社会・制度学(1):子供たちが抱えている問題

author : A.Mizunoawa   [ 一般 ]
2019.07.30 Tuesday 22:00 | - | - | 

みなさん、ご機嫌いかがお過ごしですか。大変ご無沙汰しています。工学研究科生命先端工学専攻M1のA.Mizunoawaです。

修士課程(阪大ではあくまで「博士課程の前期」としていますが)に入り、かなり忙しい日々が続いており、先月はブログを更新できませんでした。我らが〇〇研はいわゆるブラック研究室の一つですが、最近はその中でも僕が帰りの戸締りをすることが多くなってきています。一番ひどい時では7月のとあるウィークデーの帰宅時間が「(月) 24:30 (火) 29:00 (水) 22:00 (木) 25:30 (金) 26:45」ということがありました。地獄ですね。まあ、登校は流石に9:30というルールを勝手に破って午後からにしていますが……(夜型をやめろよ)。

さて、今回は教職課程の授業紹介の第一回目です。工学系に限定せず、社会学にも興味があるよという人は是非読んでみてください。

学校という場所にはたくさんの子供たちがやってきますが、彼らには様々なバックグラウンドがあり、場合によっては何かしらの問題を抱えているということがあります。教師を志す者としては、自分の学生時代の経験だけから物事を判断することなく、世の中にある多種多様な問題を把握して、子供一人ひとりに適切な個別の対応をする必要があります。それでは一体子供たちはどんな問題に直面しているのでしょうか? 一緒に考えていきましょう。

〇貧困……貧困には「絶対的貧困」と「相対的貧困」があります(定義は割愛)。前者の貧困は日本には少ないのですが、後者は約16%がそうだと言われています。特に一人親家庭では50%にも上ります。相対的貧困家庭では生きるために子供であってもアルバイト等をすることを強いられ、場合によっては夜の商売で稼ぐというケースも見られます。貧困から脱出しようと就活を試みても、そもそもインターネットが無いため求人を探すのが困難であったり、リクルートスーツが用意できなかったりといった問題があり、自力でなんとかするのは難しいのが現状です。

〇ジェンダー差別……生物学的な性別のことをセックスというのに対して社会的・文化的な性別のことをジェンダーと呼びますが、ジェンダーに基づく差別はなかなか根絶されません。社会が要請する男らしさや女らしさ、すなわちジェンダー規範によって、我々は進学・就職・結婚・子育てなどの人生の重要な局面での選択に不自由さを覚えることがあります。日本では経済面と政治面でのジェンダー格差(男性優位)が特に大きいと言われていますが、教育面に関しても完全なる男女平等はいまだに実現していません。

〇ニューカマーにとっての言語の壁……日常生活で用いられる言語のことを生活言語と言うのに対して、教師の話し言葉や教科書の文章など学習場面で用いられる言語のことを学習言語と言います。日本の学校で学習するニューカマー(1980年代以降に日本へ渡り長期滞在している外国人)が第二言語として日本語を学習する際にはもちろん生活言語と学習言語の両方を習得する必要がありますが、一般に学習言語の習得には時間がかかります。そのため教師が「日常会話ができるから課題は無い」と判断するも、実際には子供の学習状況が遅れているというケースがよく見られます。

〇家庭環境の違い……家族から伝達される文化的資源のことを文化資本と言います。お金は経済資本ですが、文化資本には形がありません。たとえば読書習慣や美術館通いの習慣、一般書籍・辞書・専門書・絵画の保有数、学歴・資格の保有といったものがこれに当たります。経済資本が多い方が子供の教育には有利であることは想像に難くありませんが、実際には文化資本も学力と密接な繋がりがあります。何故なら文化資本は学校知識と親和性が高いからです。つまりこれは、バッハやシューベルトを普段から聴いている子供の方が最近のJ-POPばかり好んで聴く子供よりも音楽の授業を吸収しやすい、というようなことを指しています。もし資本総量が同程度であれば経済資本よりも文化資本が多い方が学力に有利だという研究結果も存在しています。

もし学生時代にこのような問題を抱えたクラスメイトがいれば理解が深いかもしれませんが、全ての問題を肌感覚で感じているという人は恐らくいないと思います。しかし、教師はこのような問題が子供たちにある可能性を考慮しながら教育を施していく必要性があります。

次回の記事では、最後に紹介した「家庭環境の違い」について掘り下げていきたいと思います。

それでは、今回はこの辺で。See you again!

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