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AIの発展によって「働く」ことの意味はどう変わる?

author : あひる   [ 一般 ]
2018.01.11 Thursday 19:35 | - | trackbacks(0) | 

こんにちは!

あひるです。

 

今回は、 AIの発展によって「働く」ことの意味はどう変わるかについて書いていきたいと思います。

 

この記事を書こうと思ったきっかけは、近年シンギュラリティー(技術的特異点)という言葉を

テレビなどでもよく聞くようになってきて、将来どうなっていくんだろうなと漠然と思ったことでした。

 

これまでも、歴史的にみて科学の力が社会のありようを変えていくというのは、常に起こってきました。

しかし、AIほどネガティブに捉えられる技術は、稀だと思います。

 

ビジネス誌では、「人工知能もしくはロボットに奪われない職業ランキング」といった文言が賑わいをみせています。

果たして、私たちは将来、ロボットやAIに仕事を奪われて路頭に迷ってしまうのでしょうか。

そんなことを考えずにはいられません。

 

まず、考えないといけないことは、仕事ってほんとになくなるの?ってことだと思います。

ところが歴史的にみれば、 いまや川へ洗濯に行くひとはいないし、電話交換手もいないわけです。

社会の変化に伴って、不必要な仕事は無くなるというのは今に始まったことではないはずですよね。

それでも私たちは働いています。

そう簡単には、仕事がなくならないみたいです。

したがって、AIに仕事を奪われたからといって、この先数十年は働き口がなくなることはないと思われます。

なぜなら、無くなる仕事はあっても 新しい仕事が生まれ、職業の再配置が行われるだけだからです。

 

しかしながら、まだ安心はできません。

もっとAIが高度になり、AIに置き換えられる仕事がさらに飛躍的に増えていったらどうでしょうか。

社会に存在する仕事がほとんどないという状況になってきます。

 

実業家の堀江貴文氏は、シンギュラリティーによって、「仕事をしないと生きていけない」という概念から人は開放されると主張しています。

その代わり、ベーシックインカム等の全ての個人に対して生活に最低限必要なお金を無条件で給付する仕組みを導入すべきとしています。

そうすることで、仕事をしたいひとはし、したくないひとはしないという社会が実現すると考えられます。

 

しかし、こういった類の意見には、勤労意欲を下げることにしかならないのではないかという不安を感じるひともいると思うのですが、

そもそも働くことの意味は、果たして対価としての賃金だけなのでしょうか?

私は、仕事をしなくても生きていける社会になったとしても、ひとは仕事をしないと満たされないと考えています。

なぜなら自分の存在価値を実感できず、自己実現ができないからです。

裏を返せば、仕事には賃金以外にも貢献や感謝、そしてそこから生じる自分の価値を自分で認められるという重要な意味が存在するということ。

つまり、仕事の意味は再定義され、「やらないと生きていけない」から「やりたいからやる」に変わっていくのではないかと考えます。

言ってしまえば、趣味やボランティアのようなものですね。

今だとボランティアで仕事やってたら即変態扱いだと思うのですが、案外それが当たり前になってるのかもしれませんよ。

 

今回は以上です。次の投稿でまたお会いしましょう。

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